海外サッカー

【ブカツへ世界からの提言】ビエルサら名将を輩出する国ではなぜ暴力的指導がないのか?――日本の“悪しき伝統”をアルゼンチンはどう見るか?

チヅル・デ・ガルシア

2022.07.04

ビエルサ(左)やペケルマン(右)といった名将たちを世界に輩出しているアルゼンチン。しかし、彼らの指導に暴力はないという。(C)Getty Images

 今年4月、熊本県にある私立秀岳館高校のサッカー部で30代男性コーチが3年生部員に暴行した動画がSNSで拡散されると、それに段原一詞前監督も関与していたことが明らかになるという一連の騒動が、スポーツ界のみならず社会的な問題として大きな物議を醸した。

 サッカー界のみならず、日本のスポーツ界では、かねてから指導者による選手への暴力が後を絶たない。とりわけ高校生年代では、生徒を思っての"指導"と称した悪しき伝統が今なお蔓延り、指導者による体罰がたびたびメディアでも取り沙汰されている。

 そんな日本の実情を海外の識者や指導者たちはどう見るのか。列強国の現状を知る人たちの率直な意見をまとめてみたい。今回はアルゼンチンで取材活動を続けているチヅル・デ・ガルシアさんに訊いた。

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 私がアルゼンチンで暮らし始めてから33年。その間、この国のサッカー界で暴力沙汰が一度も起きなかった年はない。

 ジュニアからユースまでの育成世代でも、地方のリーグ戦でも、アマチュアでも、プロでも、どこかで必ず「暴力」が問題を引き起こしている。その内容は、ジュニアリーグを観戦する保護者による暴言、乱闘からスタジアム周辺での暴動、さらにはサポーター間の派閥による殺人事件に至るまで、背景も規模も実に様々だ。

 アルゼンチン・サッカーに愛着を抱く者として、いずれの場合も事件について耳にする度に「ああ、またか」と呆れるほど日常化してしまっている現実はとにかく嘆かわしい。実際、私のアルゼンチン人の知り合いの中には「暴力的だから」とサッカーを毛嫌いする人が少なくない。
 
 そんなアルゼンチンだが、熊本の秀岳館高校サッカー部で起きたような「指導者による暴力」のようなケースについては聞いたことがない。サッカー界が暴力と共存していると言っていいような状態だが、指導者が選手を、まして未成年者を殴るようなことは想像し難い。

 それが私個人の印象に留まらないことを裏付けるため、事情通の関係者数名に確認してみると、やはり「アルゼンチンでは指導者が選手に暴力を振るうことはない」と断定する答えが返ってきた。

 育成に定評のある強豪クラブの下部組織のコーチ(注:クラブ内で育成部門の指導者がメディアの取材に応じることが原則禁じられているため名前は伏せる)は、日本の高等学校でそのような事件があったことを聞かされるなり「信じられない」と驚き、「日本は規律を重んじる国。その裏にある指導の厳しさは想像できるが、選手への暴行などあってはならないこと」と語った。彼自身、小学校低学年で同クラブのジュニアチームに入団し、10代後半でプロデビューしたが、その当時から「選手に暴力を振るうような指導者はいなかった」と話してくれた。

 では、暴力沙汰が尽きないアルゼンチン・サッカー界でも指導者による暴行はないという背景には、何らかの理由があるのだろうか。これについて、「ビセンテ・ロペス監督養成校」のディレクターを務めるルイス・レスクリウに話を聞いてみることにした。
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