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海外サッカー

ついに辿り着いた悲願の“世界制覇”。W杯を掴んだ天才が涙を流さなかった理由――アルゼンチン代表とメッシの18年【後編】

チヅル・デ・ガルシア

2023.02.08

カタールで黄金に光り輝くワールドカップを手にしたメッシ。感慨深げに偉才の目に涙はなかった。(C)Getty Images

カタールで黄金に光り輝くワールドカップを手にしたメッシ。感慨深げに偉才の目に涙はなかった。(C)Getty Images

 2014年のブラジル・ワールドカップ(W杯)を目前に控えた頃から、リオネル・メッシは、どんな状況でも試合後のミックスゾーンで自分の意見を堂々と伝えるようになり、内に秘めていたリーダーとしての素質を見せ始めた。

 W杯の南米予選が始まった頃の代表人気は、スタンドに空席が目立つほど落ち込んでいた。そんな状況がキャプテンとしての自覚を生んだのかもしれない。

 アウェーで行なわれた第4節のコロンビア戦で、先制されながらも、自らのゴールで同点としたメッシは、猛暑の中で積極果敢に動き回って相手を消耗させた。そして、2点目に繋がるドリブル突破を仕掛けて逆転勝利の立役者となった。ロスタイムに入ってからも攻め続ける彼の姿には、敵地のサポーターたちも拍手喝采を送っていた。

「今日の目的は勝つことだった。プレーするときはプレーする、気力を入れる場面では入れる。僕たちが今日の試合で見せたのはそういうことだ」

 試合後に力強く語った彼の言葉は、「アルゼンチン代表におけるメッシ」にとって分岐点となった。キャプテンとして過酷なW杯予選を戦うなかで、「内気な恥ずかしがり屋」は殻を破り、内に秘められていたリーダーシップが覚醒。バルセロナでもサポーターを驚かせるほどの内面の強さを露わにするようになった。

 アルゼンチン・サポーターが代表戦のスタンドに「リオ、こんなにたくさんありがとう。これっぽっちでごめんなさい」という横断幕を掲げたのは、コロンビア戦から1年後のこと。「たくさん」とはメッシの努力と犠牲、功績に対するもの。対する「これっぽっち」というのは感謝しても仕切れないアルゼンチン国民の率直な気持ちの表れだった。
 
 主将に任命したアレハンドロ・サベージャ監督の英断によってメッシは名実ともに代表のシンボルとなり、ついに母国の人々の心を掴み取るに至った。

 そして、「母国で愛されるスター」としては、初めて迎えたW杯が2014年のブラジル大会だった。代表デビューから9年、長すぎる道のりだった。ちなみに悲願の代表初タイトルを手にするのは、さらに7年後となる。

 その間もメッシは国民を味方につけて文字どおり戦い続けた。彼がキャプテンになってから、アルゼンチンがブラジルW杯、2015年のコパ・アメリカ、2016年のコパ・アメリカ・センテナリオと3年連続でファイナリストになったのは偶然ではないと考えていい。

 だが、いずれの決勝でも敗れる屈辱を味わったメッシは、センテナリオのファイナルで敗北を喫した直後のミックスゾーンで代表引退を宣言。度重なる大一番での敗北に加え、組織的に機能不全に陥っていたAFA(アルゼンチン・サッカー協会)に愛想をつかした末の決断だった。

 しかし、アルゼンチン国内で広がった「NO TE VAYAS LEO(レオやめないで)」運動に心を動かされ、「この国と、この国のユニフォームを愛してやまないから」という熱いメッセージとともにメッシは代表でのプレー続行を決意する。そして3度の監督交代によってチームの指針が定まらず、苦戦を強いられたロシアW杯に向けた南米予選では、勝利が本大会進出の必須条件となった最終節(エクアドル戦)でハットトリックを達成。窮地にあった母国を救った。
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