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Jリーグ・国内

自己破産から15年…サッカーシューズの名門はいかにして甦ったのか?喜びの声から生まれたビジョンとは――

手嶋真彦

2020.09.13

今年1月には第1回ファンミーティングを開催。ユーザー持参のレアなヤスダ製品がずらりと並ぶ。

今年1月には第1回ファンミーティングを開催。ユーザー持参のレアなヤスダ製品がずらりと並ぶ。

 2020年の夏、株式会社YASUDAは設立3年目を迎えていた。代表取締役の佐藤を含め、スタッフは6名。それぞれ得意分野は持っているが、YASUDAに携わるようになるまで、誰もサッカーシューズを作った経験はない。メーカー出身者すら、ひとりもいない。

 もしかすると、だから、復刻できたのかもしれない。近頃のスパイクは、メーカーを問わず軽量化が進んでいる。それと比べればヤスダの復刻モデルや、同じ木型と金型で作った19年モデルは、やや重たく感じられる。もしも業界の常識にとらわれていたら、こんな重たいスパイクをいまどき誰が履くのかなどと、ブレーキがかかっていたかもしれない。

“昔のまま”に佐藤たちがこだわったのは、まずは履きやすさを再現するためだった。ヤスダのサッカーシューズが日本人の足によく馴染んだのは、その形状が日本人に多い、いわゆる“幅広”で“甲高”の足に合っていたからだ。佐藤は中学2年生の頃、地元のスポーツ用品店で勧められて、初めて履いたヤスダに感動している。復刻を思いついたのも、あの履きやすさが脳裏に刻まれていたからだ。

 最初のひらめきからほぼ1年後、復刻モデルが世に出て行くと、ユーザーたちからお礼のメールや電話が届くようになる。そのおかげで佐藤は気づかされた。どうやらYASUDAの製品には、人と人とを結びつける力があるようだ。

 復刻モデルの支援募集に敏感に反応した世代は、親になっていたり、指導者になっていたりする。メールや電話で寄せられたのは、自分の子どもに、あるいは教え子たちに、ヤスダの良さを伝えていきたいという喜びの声だった。

 もしもヤスダが倒産せずに続いていたら、こんな声が出てきただろうか。15年の空白期間を経て復活したブランドだからこそ、履きやすい、日本人の足に合うなどの価値を若い世代に伝えていきたいといった思いが生まれ、それが親子や師弟のコミュニケーションのきっかけにもなっているのではないか。一度消滅したブランドならではの、それこそが強みではないだろうか。
 
 ヤスダのサッカーシューズを介して伝わるのは、ヤスダの良さだけではないのかもしれない。自分の親や指導者が、どんな学生時代を過ごしてきたか。ヤスダの話は、そんな話に広がっていくかもしれない。サッカーをやっていたからこそ、楽しいだけではなく、悩んで、苦しんで、仲間と出会い、苦楽を分かち合い、喜んで、感動して、いつの間にか成長していて……。このスポーツ普遍の価値を、世代を超えて共有できるのではないか。

 株式会社YASUDAのビジョンを、佐藤はこう綴った。
――人と人をつなぐブランドになる。

 絶対に裏切れないのは、ヤスダを知っている世代の人たちだ。
「こんなのヤスダじゃない」
 と、失望させるような製品を作るわけにはいかない。それで最新モデルも、色は昔ながらの黒をベースにしている。カラフルでいかにもモダンなシューズにしてしまえば、いくら「YASUDA」のロゴや箔押しが入っていても、もはやヤスダじゃないと、そっぽを向かれてしまうだろう。

 アッパーのフロント(つま先周辺)にいまどき珍しいクロスステッチを残しているのは、ひとつには素材の良さを十分に引き出すためだ。ヤスダの代名詞といえば天然皮革のカンガルーレザーで、柔らかいので足によく馴染む。ただし、気を付けないと伸びやすい。そこで十字縫いのクロスステッチを入れて、カンガルーレザーが伸びすぎないように工夫している。

 しかし、理由はそれだけではない。クロスステッチの見た目が、いかにも懐かしさを感じさせるからなのだ。最新の技術を使えば縫い目はなくせるが、古くからのヤスダファンの期待を裏切らないように、あえてレトロ感を醸し出している。
 

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