海外テニス

事実上の“引退宣言”から20カ月…大手術を経て戻ってきたマリーが見せた”あの時との違い”

内田暁

2020.09.03

引退をささやかかれた20カ月前のバウティスタアグート戦と、ほぼ同じスコア展開となった西岡戦。最終セットに、あの時との違いが表れた。(C)GettyImages

 あの時も彼は、ベンチに浅く腰をかけ、荒い息を吐きながら、呆然とした表情で定まらぬ視線を虚空に泳がせていた。
 
 2019年1月、全豪オープン――。
 アリーナの巨大スクリーンには、ロジャー・フェデラーやキャロライン・ウォズニアッキらトッププレーヤーたちが次々に映し出され、ねぎらいの言葉を掛けていく。

「素晴らしいキャリアをおめでとう」「もし指導者になるなら、私のコーチの席があいてるわ」

 この年の全豪オープンを迎えた時、アンディ・マリーは会見の席で、「股関節の痛みが限界に達している。なんとか(6月の)ウインブルドンまで続けたいけれど、それも可能か分からないんだ」と大粒の涙を流す。悲痛な空気で満たされた会見室に、涙声は、事実上の引退宣言として響いた。

 その数日後に迎えた1回戦の対ロベルト・バウティスタアグート戦で、マリーは2セットを奪われるも、大歓声を背に受け猛追し、ファイナルセットへと持ち込む。しかし最後は力尽きて、4-6、4-6、7-6(5)、7-6(4)、2-6で惜敗。この時多くのファンや関係者は、これがコート上の彼を見る、最後の光景であることを覚悟した。
 
 それから、1年8カ月後。
 全米オープンのステージに、マリーは帰ってきた。その間に彼は、人工股関節を入れる大手術を受け、復帰戦となるツアーのダブルスで優勝し、ウインブルドンではダブルスとミックスダブルスに出場した。さらに昨年10月には、シングルスでツアー優勝し世界を驚かせるが、その後は股関節に痛みが出てツアーを離脱。そのためグランドスラムでシングルスを戦うのは、今回の全米が術後初。その対戦相手は、西岡良仁である。

 マリーと西岡は、体格差や利き腕の違いは当然あるが、似たテニス哲学の体現者でもあるだろう。

 西岡の兄でテニスコーチの靖雄氏は、「二人は、相手の嫌がることをするなど似た点は多い」と定義した上で、さらにこうも見る。 

「マリーは"堅"で、良仁の方が"柔"」

 マリーはコート上で感情を顕にするが、自分のテニスは崩すことなく、すべての局面で全力でプレーする。

 対する西岡は、勝負の掛かった場面では大胆にギャンブル的プレーを選択したり、必要と感じればゲームやセットを捨てることもある。そこが両者の違いであり、初対戦の分岐点になるのではと靖雄氏は見た。
 
 注目の試合の序盤で、持ち味を発揮し主導権を手にしたのは西岡だ。様子を見るようにスローペースで入ってくるマリーに対し、西岡はフォア、バックの両翼からストレートに打ち込み、ウイナーを量産した。ワイドに切れていくフォアのアングルショットや、滞空時間の長いループ気味のスピンショットで、マリーの武器であるバックを封じる策もハマる。

 第1セットを奪った西岡が、第2セットも高質のプレーを維持して奪取。さらには第3セットも早々に西岡がブレークした時、試合の行方は決したかに思われた。