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海外テニス

【レジェンドの素顔8】エバートの情熱を再燃させた最高のライバル、ナブラチロワ|後編<SMASH>

立原修造

2021.07.11

エバートは1980年全米オープン準決勝でオースチンに第1セットを取られた。写真:THE DIGEST写真部

エバートは1980年全米オープン準決勝でオースチンに第1セットを取られた。写真:THE DIGEST写真部

 大一番におけるスーパースターたちの大胆さや小心をのぞいていくシリーズ「レジェンドの素顔」。前回に引き続き、元祖美少女テニス選手のクリス・エバートを取り上げよう。

  クリス・エバートは70年代のはじめから80年代の後半になるまで、トップの座に君臨し続けた。それにはトレーシー・オースチンとマルチナ・ナブラチロワの存在が大きかった。まずは、似たプレースタイルのオースチンについて。1980年全米オープン準決勝で、クリスは序盤から劣勢を強いられていた。

◆  ◆  ◆

眠っていた闘志に火がついた

 0-4からの劣勢を挽回できないまま、クリスは第1セットを落としてしまった。特にセットを決めた最後のポイントが象徴的だった。長いラリーの末、オースチンのフォアハンドからの強烈なクロス・ショットを浴びて一歩も動けなかったのである。屈辱だった。

「クリス!試合はこれから始まるのよ」

 スタンドで叫んでいるリンダの声が聞こえてきた。テレビの人気番組「ワンダーウーマン」で有名なリンダ・カーターも、クリスの良き友人なのだ。リンダの声援をうれしく思いながら、クリスは父親のことを思い出していた。

 もしこの試合に負ければ、6歳のときからテニスの相手をしてくれたパパがどんなに悲しむか――。そう考えただけで、クリスの胸はいっぱいになってしまった。

「第1セットを落としたことで、すごくファイトが湧いてきました。怒りに似た感情を自分自身にぶつけ始めたのです」

 後にクリスがそう述懐している通り、第2セットに入るとクリスは別人のように変身していた。第1セットのふがいなさから自分に怒りをぶつけ、それによって眠っていた闘志に火がついたのだ。
 
 第2セットの第1ゲームをクリスはラブ・ゲームでものにした。すかさずオースチンも第2ゲームを取り返したが、第3ゲームからはクリスの気迫の前に無抵抗にならざるを得なかった。クリスはそれからの5ゲームを、たった8ポイント落としただけで連取した。

 こんなにも人間って、変われるものなんだろうか。つまり―――、目標を持った人間って、こんなにも強いものなのか。

 特にドロップ・ショットとロブが有効な武器になった。クリスが奪ったポイントの多くは、この2つのショットがうまく作用した結果だった。
 
 不思議なものだ。闘志に火がついたのなら強力なストロークでガンガン攻め込みたいところだろう。しかし、むしろクリスが取った戦法は、緩急の"緩"を生かす方法だった。ここらがクリスのしたたかなところ。これが実によく当たった。

 オースチンは信じられないくらい乱れてきた。クリスのドロップ・ショットでペースを狂わされ、“押し”と“受け”のタイミングがチグハグになった。“受け”にまわって耐えしのぶべきところを無理に“押し”てミスを重ねるようになった。
 
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