海外テニス

【レジェンドの素顔15】フォアハンドの名手、ステフィ・グラフを育てたのは厳格な父親だった│前編<SMASH>

立原修造

2023.12.15

グラフはその強烈なフォアハンドで多くのテニスファンを魅了していた。写真:スマッシュ写真部

 大一番におけるスーパースターたちの大胆さや小心をのぞいていくシリーズ「レジェンドの素顔」。今回からはテニス界で唯一の年間ゴールデンスラム(1年で全ての四大大会とオリンピックを制覇すること)を達成した、ステフィ・グラフを取り上げよう。

 1987年、強烈なフォアハンドを武器に次々と勝ち続けていた驚異の18歳、ステフィ・グラフ。当時、女子テニス界の関心は彼女1人に注がれていると言っても決して過言ではなかった。その彼女のプレー1つ1つは、父親との二人三脚によって築かれてきた。グラフと父親との親子関係を軸に、彼女の成長する過程を振り返ってみよう。

◆  ◆  ◆

 思えば、テニス界は久しくフォアハンドの名手を逸していた。かつて、"フォアは世界を制す"と言われた時代があった。バックハンドでゲームを組み立てて、フォアハンドでグイグイ相手に攻め込んでいく。相手もフォアハンドの強打で応酬する。その息詰まる迫力に観客は酔った。
 
 しかし、その後に訪れたトップスピン全盛時代が、フォアハンドから鋭さを奪ってしまった。ミスを減らすためには、できるだけネットの高い位置を通過させ、しかもベースライン手前でストーンと落ちるボールがいい。それにはトップスピンがもってこいなのだ。

 誰もが競って、トップスピンを打ち始めた。この"安全なフォアハンド"によって、必然的に単調なラリーが多くなった。ローランギャロス(全仏)やウインブルドンに足を運べば一目でわかる。そこには、"安全なストローク"が延々と繰り返されるか、あっけなくケリがつく"一発テニス"が横行しているだけだ。テニスの醍醐味である、息詰まるフォアハンドの打ち合いなど、とんと見られなくなってしまった。

 そう思っていたら"フォアは世界を制す"を地でいくプレーヤーが出現した。それがグラフである。彼女のフォアハンドには、テニス界が長きにわたり忘れていた爽快感があった。ベースラインから立て続けにノータッチエースを決められるなんて、こんな胸のすくことはない。

 グラフを得て、テニス界は再び、"フォアハンドの熱き時代"を迎えることになるかもしれない。
 
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強烈なフォアハンドを教えたのは厳格な父親だった