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海外テニス

ウクライナのカリニナがロシア選手との握手を拒否!「個人的に彼女との間には何もないが受け入れがたい」<SMASH>

内田暁

2023.05.21

ロシア侵攻により故郷が悲惨な状態にあるというカリニナは試合後にロシア人選手との握手を拒んだ。(C)Getty Images

ロシア侵攻により故郷が悲惨な状態にあるというカリニナは試合後にロシア人選手との握手を拒んだ。(C)Getty Images

 2時間51分の熱戦を終えた両者に、互いの健闘を称える握手はなかった。

 勝者のアンヘリナ・カリニナは真っすぐに審判台に向かい、対戦相手のベロニカ・クデルメトワも、その動きに倣う。両選手はそれぞれ主審との握手を終えると、各々のベンチへと戻っていった。

「握手をしなかったことについて、何か言いたいことはありますか?」

 試合後の会見で、最初にカリニナに向けられたのは、この問いだった。

 その質問に耳を傾け、やや怪訝そうな表情を浮かべた彼女は、静かな口調で応じた。

「握手をしなかったのは、相手がロシアの選手だから。ロシアが、私の母国のウクライナを攻撃しているから握手をしなかった。これは別に不思議なことではないでしょう? もちろんこれはスポーツであるが、でも政治的なことでもある。個人的に彼女との間には何もないが、それでも受け入れがたい」

「イタリア国際」の準決勝。地元ローマの観客の声援を背に受けたカリニナは、同大会初の決勝進出を果たす。それはまだ、ツアーレベルでのシングルスのタイトルのない26歳にとって、キャリア2度目の決勝進出でもあった。

 ウクライナのトップ選手となったカリニナは、同胞たち同様に、反戦への思いを、そして負ってきた心の傷も公にしてきた選手だろう。

 故郷の黒海にノーバ・カホウカは、昨年2月末のロシア侵攻が始まった再、まっさきに占領下に置かれた地域だ。

 以降、町の景色は一変する。美しかった街路は、瓦礫と砂塵に覆われた。爆撃を逃れた建造物も、ガラス窓がまともに残っているものはない。町の至るところには兵器や、武装したロシア兵の姿があるという。
 
 それでも、ノーバ・カホウカに住む祖父母を「避難するように説得するのは、難しかった」と彼女は言う。「60年か65年か……いずれにしても、とても長く住んでいた町を離れる決意をするのは、二人にとって難しいことだったと思う」と、カリニナは祖父母の悲痛な心中をおもんばかった。

 それでも彼女曰く、「あの町は、とてもではないが住める環境ではない」

「あまりに多くの兵器と、ロシア兵が祖父母の家のすぐ近くにいる」からだ。

 祖父母が、両親も住む首都キーウに移ったのは、つい数カ月前のこと。「家の数メートル横に砲弾が撃ち込まれた時、祖父母も目が覚め、『非難しなくては』と思った」末のことだった。

 もっともキーウに移った後も、日常が戻った訳ではない。

「本当につい数日前に、テニスコーチの両親が働いているテニスアカデミーから300メートルほどの地点に、とても、とても大きな爆撃があった」

 テニスに集中するのは環境的にも、なにより心理的に非常に難しいと、カリニナは常々打ち明けてきた。同時に、「自分の活躍が、ウクライナの人々の助けになれば」との思いが、モチベーションになっているとも。

「これはスポーツだ。個人的には、対戦相手との間には何もない」と理性は告げる。

 それでも「感情的には、受け入れがたい」――。

 交わされることのない握手の背景は、今も生々しく、刻一刻と変化し続けている。

現地取材・文●内田暁

【PHOTO】戦禍を逃れ日本で行なわれたBJK杯に出場したウクライナ代表選手

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