海外テニス

自身初のウインブルドン2回戦進出を果たした望月慎太郎が持ち帰った「かつての自分を超えた、成長の実感」<SMASH>

内田暁

2025.07.04

元世界8位のハチャノフとの3時間39分に及ぶ激闘を演じた望月慎太郎は、フルセットの末に敗れたものの自身が貫くテニスに大きな手応えを感じたようだ。(C)Getty Images

 こんなクラシカルなテニスが、パワー全盛期と呼ばれるこの時代に、まだ存在しえたのか――?

"聖地"とあがめられるウインブルドン18番コートの観客たちは、恐らくはそんなうれしい驚きに、胸を躍らせていたはずだ。しかもその体現者が、日本から来た22歳の若者と知れば、思いは一層新鮮だっただろう。

 同時に、望月慎太郎(世界ランキング144位)が6年前にここウインブルドンのジュニア部門で、トロフィーを掲げたことを知る人ならば、目の前の光景に合点がいったかもしれない。

 第1セットの衝撃は、とりわけ大きかった。試合開始前、身長198㎝の屈強なカレン・ハチャノフ(ロシア/同20位)の隣に立つ175㎝の小柄な青年の姿を見た者の多くは、パワーで圧倒される立ち上がりを予想しただろう。ところが試合開始早々から、成す術なく呆然と立ち尽くしたのは、元世界8位の今大会第17シードだ。

 唸り声とボールが破裂するような打音を轟かせ放つハチャノフのサービスは、耳にも目にも迫力満点。ところがその剛球が、望月のラケットに触れるや時に威力を完全に失い、時に威力を倍増して、次々にハチャノフのコートへと散りばめられる。

 ハチャノフが必死に対応しボールに追いつこうとも、その時には既に望月は、音もなくネットに現れボレーを決める。しかもラケットに触れるその瞬間まで、どこにボレーが打たれるかは予測不能。大胆にして繊細、流麗にして神出鬼没な望月のプレーに、観客はもちろん、通路に立つ警備員までもが「オオッ!」と感嘆の声をあげた。
 
 第1セットは、6-1で望月。ハチャノフのエースはゼロどころか、望月の読みが外れた場面は皆無と言えるほどだった。

 観客を沸かせた望月の変幻自在のテニスは、ハチャノフの心をかき乱す。実際に彼は、望月のプレーを「コート上にウイルスを撒き散らすよう」との独特の形容で、いかに自身のプレーが浸食されたかを言い表した。

「コーチから、彼はネットに出てくるのが好きだとは聞いていた。ただ、あそこまでとは思わなかった。正確な数字は見ていないが、100回くらいは来たんじゃないかな?」

 試合後のハチャノフが、苦笑しながらこぼす。実際にこの試合、望月がネットに出たのは90回。ハチャノフの体感は、かなりの部分で正しかった。

 この日が過去数日に比べて寒く、ボールが飛びにくかったことも、ハチャノフが挙げた苦戦の要因だ。

「それもあり、どうやって彼を抜けば良いのか見当がつかなかった。ボールを入れに行けば、決められる。リスクをとったら、ミスになる」

 途方に暮れたまま、第1セットは終わったという。

 ただそこは、シングルス最高8位に達した、海千山千の29歳である。

「球速を少し落としてみたり、サーブも色々と模索した。大切なのは球速ではなく、コースだと思った」

 試行錯誤を重ねるハチャノフが、第2セットはタイブレークの末に取り返す。だが第3セットは、再び望月がリターンとネットプレーに凄まじい冴えを見せ、6-4で奪取した。流れも、そしてファンの心も、望月の手中にある。唯一の懸念事項は、予選を含め既に4試合戦ってきた体力面だ。
 
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ハチャノフとの激闘を通して望月が感じた自身の成長