かつて自身も母国クロアチアでテニスに打ち込み、同世代のマリン・チリッチらとも親交の深いトムさんが、宮澤と直に会うのは今回が初めて。

　はたして実際にボールを打つ姿を見た時には、「全ての動きがナチュラル。素晴らしい手の感覚や運動能力の持ち主だ」と、ファビオ氏の慧眼に改めて感服した。

　ただテニスの能力以上に、トムさんが高く評価したのが「本人およびご両親の人間性」だったという。

「我々の会社は、IMGのような大手に比べたら、スタッフも契約選手の数も少人数です。家族的な雰囲気ですし、だからこそ個々の選手たちとの絆や、ご両親など周辺の方たちとの信頼関係も重んじています。その意味ではサキノ本人はもちろん、ご両親やコーチのトオルも、素晴らしい人柄だと感じました」

　そのような好印象は、「サキノが、クロアチアと日本の国旗が描かれたウェルカムボードを手に出迎えてくれた」瞬間から始まり、ご両親やコーチと話をするうちに、ますます深まっていったという。

　事実、宮澤紗希乃が「スターウィング」の目に留まり、世界への扉が大きく開かれたのも、周囲の大人たちが目的地を共有し、理念を羅針盤として彼女を導いてきたからに他ならなかった。
  「紗希乃が最初にアメリカ遠征に行きたいと言った時は、若いうちから海外を経験し、将来的にアメリカの大学進学に興味を持ってくれたら…と思ったんです」

　父の宮澤光太郎氏は、ちょっとした秘密を打ち明けるように、そう言った。

　現在つくばの研究所に勤め、アメリカの名門イエール大学の研究室で働いた経験を持つ光太郎氏には、実体験に基づく「世界」への志向がある。

　自身も、そして伴侶の幸乃さんも、テニスの経験は無いに等しい。ただ、愛娘が運動が大好きであること、そして４歳から始めたテニスへの才覚を発揮し始めていることは、娘が小学低学年の頃から気付き始めていた。

　その一人娘が、７歳の頃に参加した“キッズテニスカップ”が、世界への扉を開く最初のカギとなる。このイベントを主催するコーチの松島徹氏には、長年に及ぶ、子どもたちを率いての欧米遠征の経験があった。これまでもキッズテニスカップ上位選手の遠征に帯同し、本人たちが望むのであれば、自ら指導も引き受けてきた。

　その松島氏の基本理念は、「いずれ選手として世界を目指すのであれば、日本国内のタイトルにこだわる必要はない」である。

　それは宮澤夫妻にとって、他のコーチたちからは「得られなかった視点」。同時に二人の心には、必然性をもって響いた。