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東京五輪の注目株!ハンド日本代表の21歳、部井久アダム勇樹が抱く野望

松尾祐希

2020.07.17

「絶対に日本代表になれる」という恩師の言葉を信じて選んだハンドボールで、部井久は見事に代表まで上り詰めた。写真:金子拓弥(THE DIGEST写真部)

「絶対に日本代表になれる」という恩師の言葉を信じて選んだハンドボールで、部井久は見事に代表まで上り詰めた。写真:金子拓弥(THE DIGEST写真部)

 競争倍率は10000人に1人の狭き門だった。  小学5年生の時に参加した福岡県のタレント発掘事業で、最高評価を受けたスポーツは7種目。ハンドボールのほか、サッカーのGK、陸上の投てき、レスリング...
 競争倍率は10000人に1人の狭き門だった。

 小学5年生の時に参加した福岡県のタレント発掘事業で、最高評価を受けたスポーツは7種目。ハンドボールのほか、サッカーのGK、陸上の投てき、レスリング、フェンシングなど、様々な競技で才能を発揮した。そんな逸材が、来夏の東京五輪に向けてギアを上げている。ハンドボール日本代表の21歳、部井久アダム勇樹だ。

 194センチの体躯を生かしたプレーで頭角を現わし、博多高3年時に史上初めて高校生で日本代表に選出。競技開始から6年足らずでナショナルチームに招集されると、高校卒業後は中央大に通いながらフランスでプレーする道を選んだ。

 オリンピックを目指す――。幼い頃からの夢に近づきつつある若きハンドボーラーだが、トントン拍子で駆け上がってきたわけではない。様々な縁と好奇心旺盛な姿勢が自身の競技人生を豊かにした。

 部井久が“送球”に出会ったのは今から8年前。中学校1年生の時だ。
 
 クリケット経験者であるパキスタン人の父とバレーボーラーの母から受け継いだ運動能力を高く評価されていた少年は、福岡県の多々良中央中に進学する。様々なオファーが舞い込む中で、“オリンピックへの想い”が部井久をハンドボールに誘った。

「小学生までソフトボールをやっていましたが、2012年のロンドン五輪から野球が開催されなくなったんです。昔からオリンピックへの想いが強く、当時は『種目は何でもいいから出たい』と憧れていたので、スカウト事業で最高評価をもらった競技から専念するスポーツを決めようと考えました。そこから色んな種目に触れ、一番楽しかったハンドボールに惹かれました。スカウト事業でお世話になったハンドボール福岡県協会の早川昌吾さんからも『絶対に日本代表に入れる』と言われ、その言葉がきっかけで始めたんです」

 部井久は早い段階から出番を得ると、中学1年生ながら上級生と共に夏の全国大会へ出場。「全くダメで自信を失ってしまった」と檜舞台では力の差を痛感したが、その悔しさを糧にメキメキと力を付けていく。最終学年では夏の全国大会でチームを3位に導き、優秀選手に与えられるベスト7を受賞。自分の力に疑問を抱いていた部井久にとって、この結果は今後の道を決める上で大きな意味を持った。
 

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