格闘技・プロレス

「俺はもう死んでもいい」――那須川天心が武尊戦後に見せた脱力した姿。人間関係が壊れかけても実現させた世紀の一戦への想い

THE DIGEST編集部

2022.06.20

武尊と堂々と打ち合い、見事に勝負を制した那須川。会心の左フックでダウンを奪ったシーンは東京ドームがドッと沸いた。(C)THE MATCH 2022

「やったぞー!」

 5万6399人が見つめた東京ドームのど真ん中で、『THE MATCH 2022』の大トリを飾ったRISE世界フェザー級王者の那須川天心(TARGET/Cygames)は声高に叫んだ。因縁のライバルだったK-1 WORLD GPスーパー・フェザー級王者の武尊(K-1 GYM SAGAMI-ONO KREST)との対決に終止符を打ち、23歳は大粒の涙を流した。

 笑顔でリングから降り、「これで主役ですね」とつぶやいて上機嫌で会見場に姿を現した時には涙はすっかり乾いていた。だが、この試合でキックボクシングでのラストマッチと公言していた那須川は、K-1のカリスマとのビッグマッチを終え、どこか気が抜けたかのような表情を浮かべていた。このとき、特設されたステージから天井をボーッと見つめる姿が印象深かった。

 無気力になってしまうのも無理はないのかもしれない。那須川が2015年8月に武尊の名を公言して以来、対決に至るまでには様々な壁が立ちはだかった。独立独歩の道を歩んできたRISEとK-1との交渉もさることながら、『THE MATCH』実行委員会の榊原信行氏が「本当に人間関係が壊れる寸前まで行った」という本人、そして両陣営との話し合いも一筋縄ではいかなかった。

 それでも互いに歩み寄り、昨年12月末にようやく実現にこぎつけた。舞台は東京ドーム。間違いなく日本格闘技史に残るビッグマッチだった。ゆえに会見で「1回休みたいです。全てから解放されて、ちょっと、1、2か月、いや3、4、5か月くらい。ちょっと休みたいです」と那須川が漏らしたのは、紛れもない"本音"だろう。
 
 試合中には会心の左フックでダウンをもぎ取った那須川。そのシーンについて問われた際には「刀のように、刹那というか、それは意識していた」と回想。そのうえで目の前に立ちはだかった武尊については「印象はずっと同じ。本当に気持ちの入ったファイターで、マジで出会えてよかったなと感謝しかない」と語り、心身共に削られた準備期間をあらためて振り返っている。

「マジで、本当に、負けたら死のうと思ってたんです。それは本当に思っていて、僕、『これ遺書です』みたいな動画を撮っていたんです。だからそういう気持ちでしたね。これで次の日をやっと迎えられる。だから心の底から良かったと思っている。今日が人生最後の日ででも良かった。俺死んでもいいと思っていたから。本当に終わるんだと思った。だから、そう、生きられてよかった……」

 そして、「『僕の前に立ちはだかってくれて、戦ってくれてありがとう』という気持ちしかない」と武尊への想いを再度強調した23歳は、自らが切り開いてきた格闘技界の未来を次のように展望した。

「今回、こうやって格闘技が日本のエンタメで一番大きいことができたので、これを見て格闘技を目指そうと思ってくれた子どもとか次の世代に、手本となる存在にやっとなれた。これからすぐにこういう大きい大会ができるかというとそうではないと思うけど、できるようになってほしい」

 まさに人生を懸けた大勝負を制した那須川プロボクサーに転向する"神童"はキックボクシングで公式戦42戦無敗(28KO)という図抜けた戦績を残して慣れ親しんだ世界から去る。その勇姿は、実に美しく、何よりプロボクサーとしての成功に大きな期待を抱かせるものだった。

取材・文●羽澄凜太郎(THE DIGEST編集部)

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