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食と体調管理

「オリンピアンとして人の役に立ちたい」6大会連続出場のスノーボード・竹内智香がオリンピックから得た人生観と競技生活を支える食習慣

松原孝臣

2022.12.01

 アスリートへのインタビューを通し、明日への一歩を応援する「Do My Best, Go!」。

 今回登場するのは、スノーボード・アルペンでオリンピックに6度出場、2014年ソチオリンピックでは同競技日本初の表彰台となる銀メダルを獲得したレジェンド、竹内智香選手。長期間にわたり第一線で活躍できた経緯、その土台となる食への意識、今後の夢などを聞いた。

■スノーボードとの出会い、オリンピックを目指したきっかけ

--スノーボードを始めたきっかけを教えてください。

 北海道にいれば小さい頃から雪に触れあうのが当たり前で、2歳くらいからスキーをしていました。小学校5年生くらいのときにスノーボードというのが流行ってきて、かっこいいな、と思ったのがきっかけです。

--小学校の文集で「オリンピック出場」を目標として書いていたそうですね。

 父親が乗馬でオリンピックを目指していた話を聞いていたので、小さい頃から興味を持って「いつか行きたいなあ」と意識していました。文集に書いたときは、とにかくオリンピックに行きたいという思いで、どの競技で、というのもありませんでした。

 本来なら小さい頃からやっていたスポーツで成績がよくて、強化指定に入って、という順番だと思うんですけれど。スノーボードで出たいと思ったのは長野オリンピックを観たのがきっかけです。

■高校生でオリンピックに出場、4度目の出場でメダル

--高校3年生だった2002年のソルトレイクシティオリンピックに出場し、早くも目標をかなえました。最初の大舞台はどんな印象でしたか。

 当時は出ることが目標だったので、それだけで満足していました。一方で、先輩が日本人で初めて予選通過した姿を見て「日本人でも通用するんだ」と教えてもらった場となり、出場が目標で勝ち上がることを目標にしていなかったのを後悔した大会でした。

「次こそは予選を通過しよう」と思って臨んだ2006年のトリノオリンピックではそれを達成して9位になりました。

 ただ、ソルトレイクシティでもう一歩上の目標を目指す大切さを学んだはずが、「なぜもう一歩先のメダルを目指さなかったんだろう」と目標設定では同じ失敗をしたと感じました。
 
--その後、スイスへ渡りました。

 14歳から本格的に競技を始めて、こつこつ成績は上がっていたけれど、勝ち続けるレベルの選手になるには壁を感じていました。そういう選手はどんな環境でやっているのかを確かめ、自分の本当の力を試すために行きました。

--練習や生活の環境はいかがでしたか。

 生き残るのに大変過ぎてなにが大変だったか覚えていないです(笑)。

 ほかのプロスポーツと比べるときわめて厳しい環境でしたね。言葉も通じないし通訳がいるわけでもありませんから。しかも練習させてもらったのがスイスのナショナルチームです。本来いるべきではない人間がいるわけですから簡単な環境ではなかったですね。

 そんなにお金もなかったので、無料で下宿させてもらうかわりにベビーシッターをしたりしていました。

--スイスでの生活はどのような経験となったでしょうか。

 異なる文化、言葉、地域で生きていくことって決して簡単なことではありません。でも、感謝やリスペクトの気持ちを持ち、人として正しいことをしているとどんな人にも認めてもらえる、受け入れてもらえると感じて、今もその生き方を大切にしています。
 

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