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【名馬列伝】「日本に連れて行く」名伯楽が惚れ込んだ名牝ファインモーション。産駒残せぬも、21年前の金字塔は消えず

三好達彦

2023.09.24

無敗で秋華賞を制したファインモーション。続くエリ女も掴んだ。写真:産経新聞社

 世界の競馬シーンをリードするブリーディング・オーナー、クールモア・グループが購買した1頭の牝馬がいた。父がシャトル種牡馬(北半球と南半球を行き来しながら交配する種牡馬)として名を馳せ、1年だけ日本でもリース供用されたデインヒル、母ココット(Cocotte)、母の父トロイ(Troy)という血統で、アイルランドのバロンズダウン・スタッドで1999年1月27日に生を受けた。

 欧州に多くの知己がおり、クールモアにも人脈を持つひとりの日本人がその牧場を訪れた。調教師の伊藤雄二である。伊藤は、まだ生まれて数カ月しか経たない幼駒を見ると、バランスが取れた馬体、素軽い身のこなしに魅入られた。それがのちのファインモーションだった。

「この馬を、どうにか日本に連れて行きたい」

 強くそう思った伊藤はジョン・マグナーをはじめとするクールモアの首脳陣と売買の交渉に臨む。相手が強者であれば、伊藤もタフなネゴシエーターである。丁々発止のやり取りが交わされた末、最終的にはクールモア側が伊藤の熱意にほだされて売却を決めた。価格は1億円ほどの高額だったと言われている。
 
 ファインモーションは、北海道浦河町にある名門・伏木田牧場の場主、伏木田達男をオーナーとして伊藤雄二厩舎に預託されることが決まった。着地検疫を経て北海道・浦河町の武田ステーブルで乗り始められたファインモーションは、いきなりスタッフに強いインパクトを与える。軽種馬育成調教センターの長い坂路を使っての調教に入ると、一度の登坂で息が上がるのが普通なのに、彼女は2回、3回と上がっても平気で、すぐに息が戻ったという。

 ファインモーションが栗東トレーニング・センターへ入厩したのは2歳9月のこと。彼女の担当厩務員は、天皇賞・秋(GⅠ)などを制した女傑エアグルーヴを手掛けたことで知られる田中一征となったことからも、期待の大きさがうかがえる。

 トレセンで本格的な稽古を始めたファインモーションは、馬体の素晴らしさ、動きの力強さが2歳離れしていると、関係者やトラックマンの間であっという間に評判となった。

 デビュー戦は12月1日(阪神・芝2000m)。初めて調教でファインモーションにまたがった武豊が、その比類なく素晴らしい手応えから「先生、これでダービー行きましょう」と伊藤に伝えたというエピソードも残っている。
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秋華賞で同世代を蹴散らし、無敗で頂点へ

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