プロ野球

「強い気持ち」と「繊細さ」——中日スカウトが語る、吉見一起を一流投手に押し上げた「二面性」

氏原英明

2020.11.10

最多勝2回、最優秀防御率1回と黄金期のドラゴンズを支えた吉見。誠実な人柄で後輩たちからも慕われていた。写真:産経新聞社

 プレート板に手を当てて、吉見一起はマウンドを後にした。

 11月6日のヤクルト戦、今シーズン限りでの現役引退を表明していた吉見は最後の登板を終えて花束を受け取ると、その刹那、長年、苦楽をともにしたナゴヤドームのマウンドへ向かった。一礼すると、長い野球人生を思い返すかのように感慨深い表情を浮かべていた。

 そのシーンを見て、いかにも吉見らしいなと思った。

 身体を目一杯に使うダイナミックなフォームから大胆にインコースを攻め、多彩な変化球を精密に投げ込んでいく。吉見のピッチングスタイルには、思い切りのよい「大胆さ」と細微までこだわる「繊細さ」が同居していた。

 思えば、金光大阪高校時代からその姿勢は変わらなかった。それはピッチングスタイルと言うより、彼の生き方そのものなのだろう。

「ピッチャーには二面性が必要なんや」。

 そう言ってはばからない中日のチーフスカウト・米村明がかつてこんな話をしていたものだ。
「プロではやんちゃな方が成功するとよくいわれるけど、投手に関してはそれだけではやっていけない。多重人格といったら大袈裟な言葉になってしまいますけど、二面性を持たないといけない。何が何でも抑えてやるぞという強い気持ちと、繊細にこだわる性格というところやな。繊細な性格があれば、物事をしっかりと捉えて変化に対応していく力につなげていくことができるから」

 米村は投手のスカウティングをする時、必ず、そうした性質を見ていくのだと言う。

 アマチュアの世界で活躍する選手は大抵、相手を圧倒するような技術や才能を備えている。それは試合に見れば誰でも分かることだが、性格面に関しては「日常」をしっかり観察しなければ見えてこない。練習に足を運んでどんな姿勢で野球に取り組んでいるのかを見るのだ。