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侍ジャパン

「神が降りて来ました」宿敵・韓国を下したイチロー伝説の一打。今なお語り継がれる侍ジャパン激闘の記憶

出野哲也

2019.11.16

10回表、2死一、三塁のチャンスでイチローが放った勝ち越し2点タイムリーは、今も語り草だ。写真:日刊スポーツ/朝日新聞社

10回表、2死一、三塁のチャンスでイチローが放った勝ち越し2点タイムリーは、今も語り草だ。写真:日刊スポーツ/朝日新聞社

 メジャー19年間でイチローは数々の名シーンの主役を演じてきた。そのどれもが、今後もずっとファンの記憶に鮮烈に残るだろう。改めて“千両役者”イチローの足跡を振り返ってみようではないか。

 第2回WBCで、イチローは大いに苦しんだ。新たに〝サムライジャパン〞と命名され、大会2連覇を目指した日本代表の精神的支柱でもあったイチローだが、初戦の中国戦でまさかの5打数0安打に終わり、「へこみました」。

 東京からサンディエゴに舞台を移しての第2ラウンドでも、最初の2試合で9打数ノーヒットと沈黙。3月18日のキューバ戦では送りバントに失敗し、「ほぼ折れかけていた心がさらに折れた。僕だけがキューバのユニフォームを着ているように思えた」ほど精神的に追い詰められていた。ただ、その試合で13打席ぶりのヒットを放ち、最悪の状態から脱していたことは数少ない明るい材料だった。

 日本球界最大のスターが苦しむ姿を目の当たりにして、他の選手たちは「イチローさんにばかり頼っていてはいけない」(青木宣親)と奮起。日本は紆余曲折がありながらも決勝まで勝ち進んだ。相手は韓国。歴史的経緯はもちろん、この大会でもそれまで4試合戦って2勝2敗の難敵であり、さらには06年の第1回大会前にイチローが語った「アジア(の国々)には向こう30年くらい勝てないと思わせるぐらい差を見せたい」との発言も、韓国で猛反発を呼んだ因縁の相手だった。
 
 両国がプライドを賭けて臨んだドジャー・スタジアムでの決勝戦は、球史に残る名勝負となった。準決勝終了時点で38打数8安打、打率.211だったイチローのバットも息を吹き返し、9回までに3安打。1点リードで最終回を迎えた日本だったが、抑え役を任されたダルビッシュ有が追いつかれ、3対3で延長戦へ入った。
 
 10回表、2死一、三塁のチャンスでイチローに6度目の打席が回ってくる。1ボール2ストライクと追い込まれながらもファウルで粘った末、当時ヤクルトの抑えだったイム・チャンヨンが投じた8球目、外角寄りの速球をイチローが弾き返すと打球はセンターへ。勝ち越し2点タイムリーとなり、その裏をダルビッシュが抑えて、日本は2連覇を果たした。

 執念の一打についてイチローは「僕は持ってますね。神が降りて来ました」。全9試合で44打数12安打、打率.273は決して満足いく数字ではなかったが、大会を通じて最も重要な得点を叩き出したところがスーパースターの証だった。

 そもそもイチローは、WBC開催すら決まっていない時点で野球世界一決定戦の可能性に言及し、「はじめからいきなり素晴らしい大会にするのは難しい。盛り上がるには20年くらいかかる可能性もあるんじゃないか」と正確に見通していた。事実、イチローの参加が日本におけるWBCの格を高めたことは疑いない。今やWBCは日本だけでなく、韓国、台湾や中南米でも、人気イベントとして定着。アメリカでも、少しずつではあるが存在感を増している。今後、WBCの権威が高まれば高まるほど、その礎を築いたイチローの功績に改めて光が当てられるはずだ。

文●出野哲也

※『スラッガー』イチロー引退特集号より転載

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