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MLB

スピットボールで殿堂入り――不正投球の歴史が示すアメリカ野球の「大らかさ」と「弱肉強食精神」<SLUGGER>

出野哲也

2021.06.27

“不正投球”の第一人者だったペリーは殿堂入りを果たし、サンフランシスコのオラクル・パークには銅像まで建てられている。(C)Getty Images

“不正投球”の第一人者だったペリーは殿堂入りを果たし、サンフランシスコのオラクル・パークには銅像まで建てられている。(C)Getty Images


 メジャーリーグでここのところ大きな話題となっている不正投球問題。投手たちが粘着性の物質をボールにつけて投げているもので、本来は滑り止めを目的としていたのが、ボールの回転数を上げるために利用されるようになったことが問題視された。MLB奇行は6月21日から本格的な取り締まり策を実施したが、ボールに何らかの細工を施して変化を与えることは、100年以上も前からずっと行われてきた。

 不正投球の代名詞的存在が、唾をつけて投げるスピットボール(スピッター)である。唾をつけた部分と乾いている部分での回転差で変化を生み出すこのボールは、球界で最も古い変化球の一つだった。20世紀唯一の40勝投手ジャック・チェズブロやエド・ウォルシュら、スピットボールを決め球にしていた殿堂入り投手は何人もいる。

 彼らは“商売道具”である唾の量を増やすため、試合中も楡の木片を口中で噛みしめ、それで足りなければ噛みたばこの汁やグラウンドの土を追加した。当然ボールはひどく汚れたが、1910年代までは試合中にボールを交換する習慣がほとんどなく、唾と泥と傷にまみれたボールが使われ続けた。この時代が打球の飛ばない“デッドボール時代”だったのも、こうした状況が背景にあった。
 
 他に異物を付着させる球としては、潤滑油を使ったグリースボールなどもあるが、ボールに傷をつけて同じ効果を生み出す手法もある。ユニフォームなどで擦って表面を摩耗させるシャインボール、画鋲などを使うカットボール(日本で言う“カットボール”の名称はアメリカではカット・ファストボール)、そしてエメリーボード(爪やすり)で傷をつけるエメリーボール。1910年にラス・フォードが編み出し大成功を収めたエメリーボールは、あまりにも効果絶大だったことから、他の不正投球に先駆け15年に禁止とされた。

 その5年後、20年にはついにスピッターも禁止となる。「非衛生的だから」との名目だったが、故障の原因になること、そして打撃戦を好むファンの嗜好に合わせる目的もあった。ただし、それまでスピッターを飯の種としていた17人の投手に関しては、死活問題とあって引退するまで投げることを許された。34年に17人の最後の生き残りであるバーリー・グライムズが引退して、MLBから表面上スピットボールは消滅した。

 もっとも、実際にはその後もスピッターやその他の違反投球を使う投手は後を絶たなかった。グライムズは「合法だった頃より、60年代に投げているヤツの方が多かった」とまで言っている。ニューヨーク・ヤンキースの大エース、ホワイティ・フォードやロサンゼルス・ドジャースのドン・ドライスデール、ドン・サットンら殿堂メンバーも常習犯と言われていた。

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