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MLB

「生き残るためにはルール違反も辞さない」殿堂入り投手も紡いだメジャーリーグの不正の歴史<SLUGGER>

出野哲也

2021.06.13

かつてメジャー最高のヒーローだったソーサの名声が地に落ちたのは、ステロイド使用疑惑に加え、コルクバットを使っていたことが発覚したのも大きい。(C)Getty Images

かつてメジャー最高のヒーローだったソーサの名声が地に落ちたのは、ステロイド使用疑惑に加え、コルクバットを使っていたことが発覚したのも大きい。(C)Getty Images

 このように正面からの擁護ではなくとも、あまり表だって打者は不満を唱えてはいないのは、不正行為に関しては同じ穴の狢と言えなくもない……という面もありそうだ。アストロズのように投球サインを盗むのもその一つだが、飛距離を増そうとしてバット自体を改造する試みも古くから繰り返されていた。メジャー・リーグの誕生以前、1860年代からそうした記録が残っているほどである。

 違法バットで最もよく知られているのが「コルクバット」。バットに穴を開け、空洞部にコルクやゴムなど軽い物質を詰め込むと軽くなり、スウィングスピードが速くなるという原理だ。逆に鉛のような金属を埋め込むと、反発力が増すと考えられている。

 だが、ベーブ・ルースが重いバットを振り回して長打を連発するようになると、軽いバットでは飛距離が出ないとの考えから、軽量化を目的とした加工は流行らなくなった。大事なのはバットの重さではなくスウィングスピードだと、打者が気づくまでには長い時間がかかったが、60年代以降はノーム・キャッシュ、グレイグ・ネトルズら、違反バットを使う選手が散見されはじめた。
 
 70年代半ばまでは違反バットを使ってもただ没収されるだけだったが、やがて出場停止などの厳罰が科せられるようになり、90年代以降はメジャーを代表するスラッガーだったアルバート・ベルやサミー・ソーサの使用が発覚した際には大きな話題になった。

 もっとも、実際にはコルクバットの効果は疑問視されている。イェール大学の研究によれば「400フィート(122メートル)あたり1ヤード(0.9メートル)ほど飛距離が落ちる」ので、「普通に軽いバットを使った方がいい」らしい。

 コルクバット以外にも、溝を掘って蠟を流し込んだり、釘を打ちこんで強化したりといった工夫も試みられたが、打者の場合、どれだけバットに手を加えてもボールに当たらなければ意味がない。発覚のリスクを冒してまで試す価値のあるものではなさそうだ。

 野球には、他の競技に比べて不正が介在しやすい要素が多い。一つのボールを対戦相手も使うサッカーやバスケットボール、バレーボールでは、ボールに細工をしても意味がない。その点野球では、3アウトを奪うまでボールは守備側の手中にあって、攻撃側は関与できない。

 バットを使う点にも不正の余地が生じる。バスケットやバレーは素手だし、フットボール系の競技もシューズを加工して得られる効果は微々たるものだろう。だが野球では、木製と金属の例を見ても分かるように、使うバットによって飛距離に明らかな差が生じる。

 だからこそコルクバットのように、「飛ぶバット」を作る工夫がなされるのだ。サイン盗みが成立するのも、1球ごとにプレーが止まってサインが出る野球ならではの特徴であり、戦術が複雑なだけに、サインを盗む動機も強くなる。つまり、野球という競技の奥深さが、これらのさまざま不正を生み出してきたとも言えるのだ。

文●出野哲也

【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『プロ野球 埋もれたMVPを発掘する本』『メジャー・リーグ球団史』(いずれも言視舎)。
 

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