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プロ野球

「あの時はお袋にひどく叱られたよ…」クロマティが振り返る伝説の名場面5選【インタビューVol. 2】

2019.12.11

 それで、球場から2分くらいの病院に担ぎ込まれたんだけど、そこでラッキーなことがあったんだ。たまたま、アメリカでトップクラスの脳外科医がその病院を訪れていたんだ。彼にスキャンの写真を見せられて『大丈夫。脳に異常はない』と言ってもらえた。俺も言ったんだ。『お袋がいつも言っていたんだ。俺の頭は硬すぎるってね』って。それで2人して笑い合ったよ。その日は病院に泊まって翌日、球場に行ったらみんなが俺の顔を見て驚いて「本当に大丈夫?」と言っていた。王さんも驚いていたけど、俺はこう言ったんだ。「王さん、もし俺が必要になったら使ってくれ。OK?」。

 最初、試合はブルペンで見ていた。日本のブルペンに行ったことがなかったからね。巨人は最初リードされていたけど、同点に追いついた。尾花(高夫)サンが投げていたから、出番があるかなと思っていた。尾花サンとは相性がすごく良かったからね。

 それで、6回に満塁のチャンスがめぐってきた時に王さんと目が合った。俺が代打で出てきて、ファンは熱狂していたよ。そこで満塁ホームランを打ったというわけさ。王さんと抱き合ったら、王さんの帽子が取れてしまったね。ベンチで泣いているチームメイトもいたよ。本当に俺のすべてを変えた一発だった。今でも、「クロマティさん、ジャイアンツは嫌いだけどあなたは好きです」と言ってくるファンがすごく多いんだ。
 
――そのホームランと並んで最も有名なのが87年、熊本での中日戦で起きた乱闘事件ですね(6月11日)。

(浮かない顔で)あれはあまりいい思い出じゃないんだ。(死球をぶつけた)宮下(昌己)サンとは、今はもう友達なんだよ。

――でも、試合後、チームメイトや須藤(豊)ヘッドコーチが「ナイスファイト!」と言ってあなたを褒めていたんですよね?

 ああ。みんなはそんな感じだったけど、俺は反省していた。その頃、ちょうどお袋がアメリカから日本に来たばかりで、テレビを付けたら俺が(宮下に)パンチを見舞っているシーンに出くわしたもんだから、えらく怒ってね。東京に戻った時にひどく叱られたよ。「あんたの喧嘩を見るためにはるばるアメリカから来たんじゃないよ!」ってね。

 みんなはあの乱闘のことを今でもよく覚えているようだけど、俺はすごく後悔しているんだ。だって、子供も見ているのにプロとしてみっともないからさ。ただ、宮下サンとはあの後、テレビで一緒になってすごく仲良くなったんだ。彼は名刺にあのパンチの写真を使っているくらいなんだよ。
 

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