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NBA

1995年プレーオフでジョーダン率いるブルズを破ったマジックのペニーが当時を回顧「僕らの功績は十分に認められていない」

ダンクシュート編集部

2020.03.21

ジョーダン率いるブルズがプレーオフシリーズで最後に負けたのが、ペニー(写真)とシャック擁するマジックだった。(C)Getty Images

ジョーダン率いるブルズがプレーオフシリーズで最後に負けたのが、ペニー(写真)とシャック擁するマジックだった。(C)Getty Images

「I’m back」(復活だ)

 3月18日(日本時間19日)、“バスケットボールの神様”として知られるマイケル・ジョーダンが野球界から電撃復帰を果たしてから25年を迎えた。

 多くの米国メディアが当時を回顧したが、『The Athletic』はジョーダンが復活した1994-95シーズンの鍵を握った2人の人物の声を紹介している。

 シカゴ・ブルズはジョーダンとスコッティ・ピッペンを中心に、1991~93年に史上3チーム目の“スリーピート(3連覇)”を達成した。その年のオフ、父親を不慮の事故で亡くしたジョーダンは現役引退を発表し、MLB挑戦を決意。シカゴ・ホワイトソックス傘下のAAマイナーチーム、バーミンガム・バロンズに入団したが、1995年3月18日にNBAのコートへ舞い戻った。

 兄ラリーが着用していた「45番」のユニフォームを身にまとったジョーダンは、復帰初戦となったインディアナ・ペイサーズ戦で19得点をマーク。1年半のブランクの影響は否めなかったが、4試合目に決勝ブザービーターを沈めてアトランタ・ホークスを破ると、続くニューヨーク・ニックス戦で55得点を叩き出すなど、輝きは失ってはいなかった。

 レギュラーシーズン17試合で平均26.9点、6.9リバウンド、5.3アシストを記録したジョーダンに導かれたブルズは終盤戦で13勝4敗と巻き返し、カンファレンス5位でプレーオフに進出。1回戦でシャーロット・ホーネッツを3勝1敗(当時は3戦先勝)で下してオーランド・マジックとの準決勝に駒を進めた。
 
 アンファニー“ペニー”ハーダウェイとシャキール・オニール(シャック)を擁するマジックとのシリーズ初戦。ブルズは残り試合時間6.5秒で1点のリードを奪っていたが、ジョーダンがニック・アンダーソンにスティールされてまさかの逆転負け。

 試合後、「彼は以前のジョーダンじゃなかった」とアンダーソンに言われたジョーダンは、3日後の第2戦に罰金覚悟でかつての「23番」に戻して38得点をマークし、意地の勝利に導いた。しかし、野球挑戦の間に10~15ポンド(約4.5~6.8kg)増加していた身体をバスケットボール仕様にアジャストしきれず、ブルズは2勝4敗で敗退した。

 この年のNBAは、ブルズを破ってファイナルに進出したマジックをヒューストン・ロケッツが下して2連覇を果たした。1994、95年に獲得した2つのタイトルはジョーダンがいなかったからだという声が上がることも少なくないが、ロケッツの大黒柱だったアキーム・オラジュワンはこのように“反論”している。

「多くの人々が、ブルズ対ロケッツのファイナルだったかもしれないと振る舞うのは驚きだよ。オーランドは彼ら(ブルズ)を倒した。彼(ジョーダン)は95年にプレーしていて、いなかったのは1年(94年)だけだ。彼は2年間いなかったと言う人がいるけど、イースタン・カンファレンス準決勝で負けた。タフなチームであるオーランドにね。ペニー・ハーダウェイ、ニック・アンダーソン、シャックがいた。もうモンスターだよ。彼らはブルズを倒したんだ」
 

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