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NBA

屈辱のドラフト指名漏れから、セルティックスの“陰のキーマン”へ。エースと指揮官も一目置くブラッド・ワナメイカーのキャリア

小川由紀子

2020.09.14

ドラフト指名漏れという“屈辱”を味わったワナメイカー。しかしそこから這い上がり、セルティックスの“重要な選手以上”の存在へ成り上がった。(C)Getty Images

ドラフト指名漏れという“屈辱”を味わったワナメイカー。しかしそこから這い上がり、セルティックスの“重要な選手以上”の存在へ成り上がった。(C)Getty Images

 ヒューストン・ロケッツのセンターとして存在感を発揮しているPJ・タッカーと同様に、今年のプレーオフで奮戦中の“欧州カムバック組”の1人が、ボストン・セルティックスに所属するガード、ブラッド・ワナメイカーだ。

 第7戦までもつれこんだトロント・ラプターズとのイースタン・カンファレンス準決勝でも、重要なシックスマンとして全試合に出場。特に第5戦では28分間コートに立ち、3本の3ポイントを含む15得点をあげラプターズの連勝を食い止めた。

 フィラデルフィア生まれのワナメイカーは、地元ペンシルバニア州のピッツバーグ大出身。4年時にはNCAAオールアメリカンのオナラブル・メンション(奨励賞)に名を挙げられるほど全国的に認められた存在だったが、2011年のドラフトで指名漏れすると、ヨーロッパへと活路を求めた。

 入団したイタリアの中堅クラブ、テラモ・バスケットは、アメリカ人選手を受け入れてキャリアを開花させることで知られたクラブだったが、その当時は“屈辱的”と感じていたと、後にワナメイカーは語っている。
 
「大学を出る時は『NBAでプレーする準備は万端だ』と思っているものさ。自分の能力を信じて疑っていないんだ。でも、今思えばそうじゃなかった」

 2012年、Gリーグのオースティン・トロ(現オースティン・スパーズ)に短期間在籍したが、そこからもNBAへの道は開けず。イタリアやフランスのクラブを転々とする日々が続くなかで、アメリカに戻ってプレーする希望を失った時期もあったという。

 転機が訪れたのは、イタリアで3チーム目となるピストイアに入団した2013-14シーズンだ。

 トップリーグに昇格したての小クラブにとって、その年は非常に重要なシーズンだったが、24歳と成長期にあったワナメイカーは主力として全試合に出場。チームトップの平均16.1点をマークする活躍でチームを牽引し、リーグ8位という安定した成績をチームにもたらした。

 この働きが評価されてドイツの強豪ブローゼ・バスケットに引き抜かれると、初年度の2014-15シーズンはユーロカップ、翌年はユーロリーグと、欧州の猛者たちと相まみえることでさらに飛躍。彼が所属した2シーズン、ブローゼは国内タイトルを連覇し、自身も年間MVPやファイナルMVP、ベストオフェンシブ・プレーヤー賞など数々の個人賞を獲得し、欧州でも名を轟かせる存在になっていた。
 
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ユーロリーグ決勝の後、ワナメイカーの元に一本の電話が

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