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NBA

“ドラフト史最大の謎”バード入団の経緯に迫る――規則の盲点を突いたセルティックスの奇策とは?【NBAドラフト史:1978年】

大井成義

2020.01.17

バードは1978年のドラフトで指名された後、1年間大学でプレー。これにより、1979年NCAA決勝でマジック・ジョンソン率いるミシガン州大との“世紀の一戦”が実現した。 (C)Getty Images

バードは1978年のドラフトで指名された後、1年間大学でプレー。これにより、1979年NCAA決勝でマジック・ジョンソン率いるミシガン州大との“世紀の一戦”が実現した。 (C)Getty Images

 NBA史上でも最大のライバルとされるラリー・バードとマジック・ジョンソン。1979年のNCAA決勝で激突し、同年、セルティックスとレイカーズという東西の名門球団にそれぞれ入団すると、NBAでも長きに渡り好勝負を繰り広げた。しかし、同期入団ながらドラフトされたのはバードが1年前。つまり、彼はドラフト指名後も大学でプレーを続けたことになる。現在なら絶対あり得ないことが、なぜ可能だったのか。バードのセルティックス入団を巡る謎に迫る。

■ドラフト指名後も大学でプレー。深まるバード入団経緯の謎

 ラリー・バードとドラフトの関係性に、ずっとモヤモヤした感じを抱いていた。マジック・ジョンソンと同期でプロ入りしたのに、なぜバードのほうが1年早くドラフトされたのか。ドラフトで指名された後も1年間大学で普通にプレーしているが、なぜそんなことが可能だったのか。そしてバードほどの逸材が、なぜもっと上位で指名されなかったのか(6位)、等々。調べればわかることだが、なんとなく放置していたというのが正直なところだ。

 大学進学時からプロ入りまでの間に紆余曲折があったということは、なんとなく知っていた。絶好の機会なのでモヤついていた点をつぶさに調べてみたところ、思っていた以上の波乱万丈ぶりに唸らされた次第である。そこで今回のドラフト史は、いつもと少々趣向を変えて、バードのセルティックス入団に至る経緯に焦点を当ててみたい。
 
『スポーツイラストレイテッド(以下SI)』は、スポーツ誌のジャンルでは全米最大の発行部数を誇り、歴史も古く、最も権威があるとされている。その1977年11月28日号の表紙がちょっと凄い。“時代”と言ってしまえばそれまでだが、それにしても脳天気にもほどがあるというか、脱力度マックスなのだ。構成はこんな感じである。

 赤とピンクのバック紙を背景に、ターコイズブルーのユニフォームを着たやけに若いバードが、腰に手を当てて立っている。ユニフォームのチーム名は“INDIANA STATE”、番号は33。ブロンドの髪と爽やかな笑顔が印象的だ。彼の目の前には2人のチアガールがいて、中腰で口に人差し指を当てて、「しーっ」のゼスチャーをしている。

 メインの見出しは、“カレッジバスケットボールの秘密兵器”。調べてみたところ、この号は1977-78シーズンの開幕に合わせたプレビュー号で、バードの初登場カバーでもあった。余談だが、バードはこれまでSIの表紙を計13回飾っている。『Wikipedia』英語版によると、歴代最多アスリートはマイケル・ジョーダンの50回、2位はモハメド・アリ40回、続いて3位がレブロン・ジェームズ26回(1954~2016年)。チーム別1位はレイカーズで67回、2位がヤンキースの65回(1954~2008年)。

 バードといえば、史上最高のSFの1人であり、ジョーダンやマジック、ビル・ラッセルらと並び、NBA史において最も偉大かつ重要な人物とされている。その彼が、大学3年までは秘密の存在、つまり世間にはさほど知られていなかったというのは意外だった。だがこのSIの表紙を飾った時期を境に、バードの人生は大きく変わることになる。
 

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