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NBA

“オーフォーズ”を中心に連覇を成し遂げたフロリダ大。ガード不作のなかでもジェイソン・ウィリアムズ、ビールらが奮闘【名門カレッジ史】

出野哲也

2020.06.22

 1994年、ゲイターズはトーナメントで初のファイナル4進出を果たす。ロン・クルーガー・ヘッドコーチ(HC)指導の下、スター選手は不在ながら、準決勝ではグラント・ヒル(元デトロイト・ピストンズほか)を擁するデューク大に5点差と健闘した。

 1996-97シーズンからはクルーガーに代わってビリー・ドノバンが指揮官に就任し、安定した強さを発揮するようになる。そのドノバンが前任校のマーシャル大から連れてきて、最初にNBAへ送り出したのがウィリアムズだった。

 1999年にサクラメント・キングスに入団したポイントガードは、華麗なボールハンドリングと奇想天外なパスを次々に繰り出して一世を風靡。白人ながら黒人のストリートボーラーのようにプレーすることから、“ホワイト・チョコレート”と呼ばれ人気を博した。2006年にはヒートの一員としてマイアミに帰還し、新人の頃とは別人のような堅実なプレーで優勝に貢献している。
 
 2006年のヒートにはユドニス・ハズレムも在籍していた。大学では通算平均13.7リバウンドを奪取し、ドラフト洩れしたものの2003年にヒートに入団。リバウンダー兼ディフェンダーとして頭角を現わし、通算リバウンドの球団記録保持者となった。

 生まれも育ちもマイアミのハズレムは、現在に至るまでヒート一筋。当然2012、13年の優勝メンバーでもあるが、このときはフロリダ大の同級生ミラーが一緒だった。

 2000年、ミラーをエースとしたゲイターズはトーナメントで初の決勝に進出。大一番ではハズレムが27得点と奮闘するも、13点差でミシガン州大に敗れた。

 同年にNBA入りしたミラーのルーキーイヤーは、平均11.9点と平凡な数字ながらも新人王を獲得。その後はシューターとして評価を高め、通算3ポイント成功数1590本は史上27位にランクされている。

 ハズレム、ミラーの1年後輩だったのがマット・ボナー。こちらも208cmの長身ながら3ポイントの名手で、2010-11シーズンは成功率45.7%でリーグ1位に立った。さらに2007、14年はスパーズでチャンピオンリングを獲得している。
 

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