【シューティングガード】
ジェイソン・リチャードソン
1981年1月20日生。198センチ・100キロ
カレッジ成績:70試合、平均9.6点、5.0リバウンド、1.4アシスト
NBA成績:857試合、平均17.1点、5.0リバウンド、2.7アシスト
子どもの頃はアイスホッケー選手を志していたが、身体が大きくなりすぎスケート靴が履けなくなったためバスケットボールに転向。ミシガン州大に入学した1999-2000シーズンに全国制覇を経験した。
翌年ドラフト5位でゴールデンステイト・ウォリアーズに入団、新人ながらオールスターのスラムダンクコンテストで優勝。続く03年の大会も、マイケル・ジョーダンに次ぎ史上2人目となる連覇を飾って、史上屈指のダンカーとして名を残した。05-06シーズンに自己最高の平均23.2点、シャーロット・ボブキャッツ(現ホーネッツ)へトレードされた07-08シーズンはリーグ最多となる243本の3ポイントを沈めた。
オールルーキー1stチームに選出された以外、個人賞やオールスターには無縁。「自分は過小評価されている。何回かはオールスターに選ばれるべきだった」と不満を漏らしているけれども、NBAでの平均17.1点は、ミシガン州大出身者ではマジックに次いで2番目の数字となっている。
【スモールフォワード】
スティーブ・スミス
1969年3月31日生。201センチ・90キロ
カレッジ成績:122試合、平均18.5点、6.1リバウンド、3.7アシスト
NBA成績:942試合、平均14.3点、3.2リバウンド、3.1アシスト
本職はSGだがここではSFで選出。大学時代はマジック・ジョンソン二世との評判をとった大型PGで、通算2263得点の学校記録(現在は2位)を樹立し、91年ドラフト5位でマイアミ・ヒートに入団。94年の世界選手権ドリームチームIIにも選ばれたが、エース級に成長したのは94-95シーズン途中にアトランタ・ホークスへ移籍し、SGに回ってから。
調子の波が激しい難点はあったものの、97、98年に2年続けて平均20点をクリアし、97年はオールスターに出場した。得意技は、一旦スピードを落としてから再加速してディフェンダーを振り切るヘジテーションドリブル。ダン・マーリー(元フェニックス・サンズほか)が「あれを繰り出してくるとわかっているのに、どうしても引っかかってしまった」と嘆いたくらい効果があった。サンアントニオ・スパーズに所属していた01-02シーズンは3ポイント成功率47.2%で1位。初めての優勝を味わった翌03年のファイナルでは、最終戦の最後に顔見せで1分出ただけだった。
ジェイソン・リチャードソン
1981年1月20日生。198センチ・100キロ
カレッジ成績:70試合、平均9.6点、5.0リバウンド、1.4アシスト
NBA成績:857試合、平均17.1点、5.0リバウンド、2.7アシスト
子どもの頃はアイスホッケー選手を志していたが、身体が大きくなりすぎスケート靴が履けなくなったためバスケットボールに転向。ミシガン州大に入学した1999-2000シーズンに全国制覇を経験した。
翌年ドラフト5位でゴールデンステイト・ウォリアーズに入団、新人ながらオールスターのスラムダンクコンテストで優勝。続く03年の大会も、マイケル・ジョーダンに次ぎ史上2人目となる連覇を飾って、史上屈指のダンカーとして名を残した。05-06シーズンに自己最高の平均23.2点、シャーロット・ボブキャッツ(現ホーネッツ)へトレードされた07-08シーズンはリーグ最多となる243本の3ポイントを沈めた。
オールルーキー1stチームに選出された以外、個人賞やオールスターには無縁。「自分は過小評価されている。何回かはオールスターに選ばれるべきだった」と不満を漏らしているけれども、NBAでの平均17.1点は、ミシガン州大出身者ではマジックに次いで2番目の数字となっている。
【スモールフォワード】
スティーブ・スミス
1969年3月31日生。201センチ・90キロ
カレッジ成績:122試合、平均18.5点、6.1リバウンド、3.7アシスト
NBA成績:942試合、平均14.3点、3.2リバウンド、3.1アシスト
本職はSGだがここではSFで選出。大学時代はマジック・ジョンソン二世との評判をとった大型PGで、通算2263得点の学校記録(現在は2位)を樹立し、91年ドラフト5位でマイアミ・ヒートに入団。94年の世界選手権ドリームチームIIにも選ばれたが、エース級に成長したのは94-95シーズン途中にアトランタ・ホークスへ移籍し、SGに回ってから。
調子の波が激しい難点はあったものの、97、98年に2年続けて平均20点をクリアし、97年はオールスターに出場した。得意技は、一旦スピードを落としてから再加速してディフェンダーを振り切るヘジテーションドリブル。ダン・マーリー(元フェニックス・サンズほか)が「あれを繰り出してくるとわかっているのに、どうしても引っかかってしまった」と嘆いたくらい効果があった。サンアントニオ・スパーズに所属していた01-02シーズンは3ポイント成功率47.2%で1位。初めての優勝を味わった翌03年のファイナルでは、最終戦の最後に顔見せで1分出ただけだった。
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