【パワーフォワード】
ザック・ランドルフ
1981年7月16日生。206センチ・113キロ
カレッジ成績:33試合、平均10.8点、6.7リバウンド、1.0アシスト
NBA成績:1116試合、平均16.6点、9.1バウンド、1.8アシスト
ミシガン州大出身者で、NBAで最初に成功したジョニー・グリーンもオールスター4回の実力派PFだが、実績はランドルフが上回っている。大学ではリチャードソンの1年後輩で、同じ01年ドラフトの19位でポートランド・トレイルブレイザーズに入団。
当時の同球団は「ジェイル(牢獄)ブレイザーズ」と呼ばれるほど素行の良くない選手が多かったが、ランドルフも未成年飲酒や危険運転などのトラブルに関与。04年にMIPを受賞、06-07シーズンには平均23.6点、10.1リバウンドの好成績を残しながらも評価は高くなかった。
ところが09-10シーズンにメンフィス・グリズリーズへ移ると、改心して揉め事は激減。同年と13年の2度オールスターに選ばれ、「ズィーボ」の綽名でメンフィスの人気者になった。巨体からは想像もつかない機敏な動きでポストアップしては点を取りまくり、通算では平均20点以上5回、10リバウンド以上を9回。通算1万8578点もミシガン州大OBで最多である。
【センター】
ケビン・ウィリス
1962年9月6日生。213センチ・100キロ
カレッジ成績:79試合、平均10.1点、7.1リバウンド、0.2アシスト
NBA成績:1424試合、平均12.1点、8.4リバウンド、0.9アシスト
主にPFで21年もプレーを続け、通算1424試合出場はミシガン州大OBで最多、リーグ史上でも8位。空前の大豊作だった84年ドラフトで11位指名を受けホークス入りし、91-92シーズンは平均15.5リバウンドを奪取。怪物デニス・ロッドマンが18.7本だったのでタイトルには手が届かなかったが、リーグ2位にしてアトランタ移転後の球団記録ともなった。唯一のオールスター出場を果たしたのもこの年である。
攻撃でも得意のジャンプフックで15~20点を安定して稼いだ。94-95シーズン途中、後輩スミスとの交換トレードでヒートへ移籍して以降は、ほぼ毎年移籍を繰り返し、03年にはスパーズの優勝に貢献。この時もスミスがチームメイトだった。
ホークスに復帰した04-05シーズンを最後に一旦引退したが、1年のブランクを置いてダラス・マーベリックスで復帰し5試合に出場。最後に出たのは44歳224日で、これはNBA史上2位、現在のリーグ名になってからでは最年長であった。
ザック・ランドルフ
1981年7月16日生。206センチ・113キロ
カレッジ成績:33試合、平均10.8点、6.7リバウンド、1.0アシスト
NBA成績:1116試合、平均16.6点、9.1バウンド、1.8アシスト
ミシガン州大出身者で、NBAで最初に成功したジョニー・グリーンもオールスター4回の実力派PFだが、実績はランドルフが上回っている。大学ではリチャードソンの1年後輩で、同じ01年ドラフトの19位でポートランド・トレイルブレイザーズに入団。
当時の同球団は「ジェイル(牢獄)ブレイザーズ」と呼ばれるほど素行の良くない選手が多かったが、ランドルフも未成年飲酒や危険運転などのトラブルに関与。04年にMIPを受賞、06-07シーズンには平均23.6点、10.1リバウンドの好成績を残しながらも評価は高くなかった。
ところが09-10シーズンにメンフィス・グリズリーズへ移ると、改心して揉め事は激減。同年と13年の2度オールスターに選ばれ、「ズィーボ」の綽名でメンフィスの人気者になった。巨体からは想像もつかない機敏な動きでポストアップしては点を取りまくり、通算では平均20点以上5回、10リバウンド以上を9回。通算1万8578点もミシガン州大OBで最多である。
【センター】
ケビン・ウィリス
1962年9月6日生。213センチ・100キロ
カレッジ成績:79試合、平均10.1点、7.1リバウンド、0.2アシスト
NBA成績:1424試合、平均12.1点、8.4リバウンド、0.9アシスト
主にPFで21年もプレーを続け、通算1424試合出場はミシガン州大OBで最多、リーグ史上でも8位。空前の大豊作だった84年ドラフトで11位指名を受けホークス入りし、91-92シーズンは平均15.5リバウンドを奪取。怪物デニス・ロッドマンが18.7本だったのでタイトルには手が届かなかったが、リーグ2位にしてアトランタ移転後の球団記録ともなった。唯一のオールスター出場を果たしたのもこの年である。
攻撃でも得意のジャンプフックで15~20点を安定して稼いだ。94-95シーズン途中、後輩スミスとの交換トレードでヒートへ移籍して以降は、ほぼ毎年移籍を繰り返し、03年にはスパーズの優勝に貢献。この時もスミスがチームメイトだった。
ホークスに復帰した04-05シーズンを最後に一旦引退したが、1年のブランクを置いてダラス・マーベリックスで復帰し5試合に出場。最後に出たのは44歳224日で、これはNBA史上2位、現在のリーグ名になってからでは最年長であった。
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