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NBA

重病に倒れたモーニングを支えたハーダウェイ。兄弟愛にも似た熱い友情を築いた2人【NBAデュオ列伝|後編】<DUNKSHOOT>

出野哲也

2022.05.19

 問題の第4戦は、ニックスがリードしたまま終わろうとしていた。ところが、残りわずか数秒の場面で、モーニングがいきなり相手選手にパンチを振るったのだ。

 その相手とはかつての僚友で、当時ニックスに移籍していたLJ(ラリー・ジョンソン)だった。モーニングの気の短さを熟知しているLJは、フィジカルなディフェンスを展開し、モーニングの平常心を乱していたのだ。

 ニックスのジェフ・ヴァンガンディHCが必死にモーニングの足にしがみついて暴走を止めたため、流血の事態は避けられた。だが、当然ながらモーニングは続く第5戦の出場を禁じられ、大黒柱を失ったヒートは1回戦で敗退してしまった。

「チームメイトに申し訳ない。とんでもない過ちを犯してしまった」

 モーニングは落胆したが、彼に対して非難が集中するのは避けられなかった。才能はあっても感情を抑制できない暴れん坊のイメージは、これで決定的になってしまった。

 これはモーニングにとっては耐え難いことだった。元々彼は、虐待された子どもを救うためのキャンペーンに率先して取り組むなど、心優しい性格の持ち主。自分のためにも、チームのためにも、感情的な行動を慎むことを彼は心に誓った。

 高い代償を払ったが、この一件を機にモーニングは選手として一皮むけた。99年には最優秀ディフェンス賞を受賞、プレゼンターのビル・ラッセル(ボストン・セルティックス8連覇時の名センター)からも、「君こそ現役最高のセンターだ」との賛辞を浴びた。
 
 この年、ヒートはイースタン・カンファレンスの最高勝率を残し、プレーオフ第1シードを獲得した。ところが因縁のニックスによって、1回戦敗退の屈辱を味わわされてしまう。しかもニックス勝利の原動力となったのは、ウォリアーズから移籍してきたスプリーウェルだった。勢いに乗ってNBAファイナルにまで進出したスプリーウェルやLJが脚光を浴びる姿に、モーニングとハーダウェイは悔しさを噛みしめていた。

 2000年のプレーオフも、ヒートとニックスはカンファレンス準決勝で対決。第7戦、残り1分半の場面でハーダウェイが逆転の3ポイントをねじ込んだが、最後にパトリック・ユーイングに決勝シュートを決められ、またしても苦汁を飲まされた。

■重病に倒れた相棒を支える兄弟愛にも似た熱い友情

 失意のシーズンに多少の慰めを与えてくれたのが、オリンピックでの金メダルだった。FAとなって一時は移籍が噂されたハーダウェイもヒートと再契約。今度こそ悲願のファイナル進出に向け準備を整えていたところに、思わぬ悲報がもたらされた。

 それは2000年10月18日のことだった。モーニングが腎臓疾患のため、シーズンを全休する予定であることを発表したのだ。

「人生を普通に送れるように、子どもたちの成長を見守るために、家族との時間を大切にするために、健康な状態に戻るのが一番の目標だ。そしてもし状況が許すなら、また愛するバスケットボールをやりたい」
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