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NBA

【NBAスター悲話】モックムード・アブドゥル・ラウーフ――病気と宗教に翻弄された男の波瀾万丈のキャリア【後編】

大井成義

2020.01.21

 何事にも完璧さを求めるジャクソンは、カトリック教徒である妻にもイスラム的な慣習を押し付け――目線を下げろ、慎み深く振る舞え、クリスマスは祝うな――、それが原因で2人は別れてしまう。それでも彼に後悔はなかった。ジャクソンにとって、完璧であることこそが何にも増して重要だった。

 コート上でのジャクソン改めラウーフは快進撃を続けた。1993-94シーズンもチームのスコアリングリーダーとして活躍し、ディケンベ・ムトンボやラフォンゾ・エリスなど若手の有望選手らとともにウエスタン・カンファレンスの8位を奪取、チームを4年ぶりのプレーオフへと導いた。

 プレーオフ1回戦の相手は、リーグ最高勝率を記録したシアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)。ゲイリー・ペイトンとショーン・ケンプという強力な二枚看板が相手ではナゲッツに勝ち目はなく、呆気なくスウィープされるだろう、そう誰もが思っていた。
 
 ところが敵地で2試合を落とした後、ホームコートに戻ったナゲッツは完全に息を吹き返し、怒涛の3連勝を飾る。第8シードが第1シードを破るという、NBA史上初の快挙に全米は沸いた。5試合のシリーズで31ブロックという新記録を打ち立てたムトンボが、勝利後コートに倒れ込み、ボールを抱えて咽び泣くシーンは、今でも繰り返し再生される名シーンとなっている。

 またこのシーズン、ラウーフはあと一歩のところで大記録達成を逃している。それまでのシングルシーズンにおけるフリースロー成功率1位は、1980-81シーズンにカルビン・マーフィーが記録した95.8%。逆転のチャンスを手にして臨んだ最終戦、そのマーフィーが観戦に訪れて最前列に陣取り、記録のかかったフリースロー直前のタイムアウト中、ボールに触るというシーンが。それで動揺したのか、ラウーフは最後の1本を外してしまう。成功していれば96.1%となり、記録は塗り替えられていた(現在は3位)。

 翌シーズンも順調なシーズンを送り、チームをプレーオフへと導く。迎えた1995-96シーズン、1試合51得点や30点・20アシストを記録するなど、新たな次元へ歩みを進めるラウーフだったが、プレー以外でNBAはおろかアメリカ全体を巻き込んでの論争に発展する、重大な行動を取ってしまう。その出来事を境に、ラウーフの人生は劇的に変わっていくことになる。
 
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