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NBA

【NBA秘話】リーグに隆盛をもたらしたデイビッド・スターン――“最後の晴れ舞台”で起きたサプライズ<DUNKSHOOT>

大井成義

2021.07.16

■なぜ、NBAファンはスターンにブーイングを浴びせ続けたのか

 スターンがコミッショナーに就任したのが1984年。それから引退前年の2013年まで、計30回のドラフトで壇上に立っている。ドラフトにおけるコミッショナーの、テレビに映る役割はこんな感じだ。

 放送開始時間に合わせてバックステージからポーディアム(演壇)に姿を現わすと、お決まりの挨拶に続きドラフトの開始を宣言する。各チームの選択持ち時間は5分。その間に選手名を告げなければ指名権を失い、権利は次順のチームに移行してしまう。

 約5分後、コミッショナーは再びポーディアムに姿を現わし、チームから告げられた1位指名選手の名前を発表する。台詞は決まっていて、「2019年NBAドラフト1位指名、ニューオリンズ・ペリカンズ選択、ザイオン・ウィリアムソン、デューク大学!」といった具合。

 壇上で指名選手と握手をしているツーショット写真を撮り、バックステージに引っ込む。また5分後、2位指名選手を発表するため再び登場し、それを1巡目30チーム分繰り返す。2巡目は副コミッショナーが担当。ブーイングを浴びるのは、最初の挨拶を合わせて計31回ということになる。

 スターンがドラフトでブーイングを浴びていたのは、どのぐらいの期間だったのか。過去の映像をチェックしてみたところ、初めて明確なブーイングを確認できたのが03年、ニューヨークで開催されたドラフトだった。その後は強弱、多少の波があるものの脈々と続き、ラス前の12年と最終13年に最大の盛り上がりを見せている。程度の差こそあれ、足掛け10年に渡ってブーイングを食らい続けたわけだ。
 
 ここで根本的な質問に立ち返る。なぜスターンはブーイングを浴びたのか。いくつかの理由が考えられるが、一言で言えば、スターンはNBAファンから嫌われていた、ということになるのだろう。ただし、単に“憎まれていた”、“蔑まれていた”のとは違い、愛憎入り交じったうえで“嫌い”の比率が高かっただけで、だからこそブーイングなどで面白おかしくいじっていたのだと思う。何より、いじりがいのありそうなキャラだった。

 スターンがコミッショナー時代に重ねた数々の失策や疑惑を、いまだに許していなかったり、疑っているファンは殊のほか多い。度重なるロックアウト、クリス・ポールのレイカーズ移籍阻止、ソニックス(現サンダー)のシアトルからのフランチャイズ移転容認、ドレスコード導入と黒人差別、2002年のウエスタン・カンファレンス決勝、キングス対レイカーズの疑惑のレフェリング、ルールの行き過ぎた厳格化等々。

 紙幅の都合上、いくつかの例に留めて詳細も省かせていただくが、それらの多くはスターンの主導によって行なわれ、彼が落とし所を間違わなかったら、もっと上手く軟着陸できていたはず、そうファンは考えている。スターンのワンマンぶりが、悪い方に転がってしまった例と言えよう。

 もちろん、スターンが残した偉大な功績は誰もが認めているし、愛嬌のある人物であることも知っている。他方、尊大で独善的な一面を持ち、すぐムキになり(ラジオでインタビュアーに暴言を吐いて問題になったことも)、メディアにも「怒りっぽい人物であり、部下やチームオーナーまでをも怒鳴ったりする」などといった裏話が書いてあったりする。そういった我の強い権力者に一泡吹かせたい、いじって溜飲を下げたい、そんな気持ちからのブーイングだったような気がする。
 
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