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NBA

【NBAスター悲話】ショーン・ケンプ――酒とドラッグで凋落した永遠のマンチャイルド【後編】

大井成義

2020.01.24

 選手層の薄いマジックでスターターとして起用されるが、2003年4月、リーグが規定するドラッグテストを2回すっぽかし、3度目となる出場停止処分をくらう(3試合)。シーズン終了後、マジックはケンプと新たな契約を結ばず、その後マブズが獲得に興味を示したが、約束したワークアウトをドタキャン。理由は明かされなかった。

 2005年、コカイン所持で逮捕。2006年、マリファナの不法所持で再び逮捕。同年、ブルズが接触を図るも、予定していたワークアウトに姿を現わさず話は流れた。2008年にはイタリアのチームと1年契約を結び、プレシーズンゲーム3試合に出場したものの、9月に発生した大型ハリケーン・アイクに自宅が被害に遭っため一時帰国、それ以降イタリアに戻ることはなかった。

 こうして1990年代を代表する、唯一無二の魅力に溢れたパワーフォワード、ショーン・ケンプのキャリアはひどく惨めな形で途絶えることになった。

 ケンプの全盛期を知る者にとって、彼の凋落ぶりはひたすら残念としか言う他ない。あの黒光りした皮膚の色や鋼のような身体、恐竜のような頭部、微妙なヒザとヒジの曲がり具合。どこまでもパワフルなトマホークダンクやリバースダンク、鳥肌が立つほどアクロバティックなアリウープダンク。野性味溢れるリングへのぶら下がり方、着地後のファンキーなポーズやゼスチャー。鬼気迫るブロックショット、迫力満点のコースト・トゥ・コースト……。
 
 言葉でどれだけ説明しても、実際の1/100もあの凄さや格好良さは伝わらないだろう。とにかく、とてつもなく見応えのある選手だった。シアトル時代の8年間を本来の姿とするならば、己を律してもうほんの少し大人になれていたら、あと10年はリーグを代表する選手としてコートを支配できていたはずだ。そうすれば、ケンプ対レブロン・ジェームズという夢のマッチアップも実現していただろう。

 ケンプがNBAからフェイドアウトした後の数年間、彼の公式ウェブサイトが残されており、その中の掲示板にファンから毎日数件のメッセージが書き込まれていた。その多くはケンプの状況を心配するものや、NBAへの復帰を熱望するものだった。例えば――。

「あなたのダンクが見られなくて、とても寂しいです。お願いだから、私たちファンのためにも頑張ってください。ドラッグやアルコールを手放して、バスケットボールを手にしてください。ショーン、あなたならそれができるはずです……」

 このメッセージを読んで、永遠のマンチャイルドはどう思ったのだろうか。

文●大井成義

※『ダンクシュート』2004年5月号掲載原稿に加筆・修正。
 
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