インタビュアーのバークから、「ローズとビーズリー、どちらを獲る?」と聞かれたシャンウォルドは、「それはジョン・パクソンが決めるよ。ブルズファンの皆さん、素晴らしい選手がチームに加わります。ひとつだけ言いたいのは、312-455-4000で電話オペレーターが、あなたのシーズンチケットオーダーのためにスタンバイしています」と語り、会場の笑いを誘った。
ロッタリー中継番組終了後、バイブに設定していたシャンウォルドの携帯は、ひっきりなしに入ってくる電話やメールで震えっぱなしだった。最初に出た電話の相手はパクソン。彼の第一声は、「ハロー、スタン」だった。
フェイバーは、このロッタリーに関する資料をすべて保存している。一番のお気に入りは、ローズがくれたメッセージ付きのサイン入りジャージーだ。書かれたメッセージは、“Thanks for playing the lottery.”
それから8年。若きフランチャイズプレーヤーとしてシカゴに夢と興奮をもたらしたローズは、2016年6月、紆余曲折を経てチームを離れることになった。翌月、入れ替わるようにブルズに入ってきたのが、8年前ヒートの代表としてシャンウォルドと一緒にロッタリー会場のセンターステージに立っていた、地元シカゴ出身のウェイド。そして、ウルブズの代表として参加していたホイバーグも、2015年6月から3シーズン半に渡り、ブルズのヘッドコーチを務めている。
つまりあの時、2008年NBAドラフトロッタリーのスタジオセットで、センターステージに立ってローズの1位指名権を争っていた2人が、8年の時を経て同じフランチャイズで仲間となったのである。それらの偶然も、事実は小説よりも奇なり、であろう。
ブルズに奇跡の1位をもたらし、一躍時の人となったフェイバーだったが、実はあのロッタリーは彼にとってブルズ最後の仕事だった。ロッタリーの数週間後にブルズを離れ、NHLシカゴ・ブラックホークスの広報の仕事に就き、現在はNFLシカゴ・ベアーズのコミュニケーション部門副社長を務めている。
ブルズ黄金期を陰で支えたシャンウッドは、フランチャイズ最長記録となる28年間の勤続を経て、2015年に勇退した。そしてローズ、ウェイド、ホイバーグは言わずもがな。2008年NBAドラフトロッタリーからの流れで、ローズを中心に絡まりあった糸はすっかりほどけ、今はブルズに誰ひとりとして残っていない。わずか11年前の出来事である。
文●大井成義
※『ダンクシュート』2016年10月号掲載原稿に加筆・修正。
ロッタリー中継番組終了後、バイブに設定していたシャンウォルドの携帯は、ひっきりなしに入ってくる電話やメールで震えっぱなしだった。最初に出た電話の相手はパクソン。彼の第一声は、「ハロー、スタン」だった。
フェイバーは、このロッタリーに関する資料をすべて保存している。一番のお気に入りは、ローズがくれたメッセージ付きのサイン入りジャージーだ。書かれたメッセージは、“Thanks for playing the lottery.”
それから8年。若きフランチャイズプレーヤーとしてシカゴに夢と興奮をもたらしたローズは、2016年6月、紆余曲折を経てチームを離れることになった。翌月、入れ替わるようにブルズに入ってきたのが、8年前ヒートの代表としてシャンウォルドと一緒にロッタリー会場のセンターステージに立っていた、地元シカゴ出身のウェイド。そして、ウルブズの代表として参加していたホイバーグも、2015年6月から3シーズン半に渡り、ブルズのヘッドコーチを務めている。
つまりあの時、2008年NBAドラフトロッタリーのスタジオセットで、センターステージに立ってローズの1位指名権を争っていた2人が、8年の時を経て同じフランチャイズで仲間となったのである。それらの偶然も、事実は小説よりも奇なり、であろう。
ブルズに奇跡の1位をもたらし、一躍時の人となったフェイバーだったが、実はあのロッタリーは彼にとってブルズ最後の仕事だった。ロッタリーの数週間後にブルズを離れ、NHLシカゴ・ブラックホークスの広報の仕事に就き、現在はNFLシカゴ・ベアーズのコミュニケーション部門副社長を務めている。
ブルズ黄金期を陰で支えたシャンウッドは、フランチャイズ最長記録となる28年間の勤続を経て、2015年に勇退した。そしてローズ、ウェイド、ホイバーグは言わずもがな。2008年NBAドラフトロッタリーからの流れで、ローズを中心に絡まりあった糸はすっかりほどけ、今はブルズに誰ひとりとして残っていない。わずか11年前の出来事である。
文●大井成義
※『ダンクシュート』2016年10月号掲載原稿に加筆・修正。