専門5誌オリジナル情報満載のスポーツ総合サイト

  • サッカーダイジェスト
  • WORLD SOCCER DIGEST
  • スマッシュ
  • DUNK SHOT
  • Slugger
海外サッカー

ネイマールは「悪い奴」ではなく「超世間知らず」。旧知の記者が語る実像とは?

ワールドサッカーダイジェスト編集部

2020.02.29

2011年のクラブW杯決勝では、すでに移籍の密約ができていた事実を隠してバルサと対戦した。(C)Getty Images

2011年のクラブW杯決勝では、すでに移籍の密約ができていた事実を隠してバルサと対戦した。(C)Getty Images

 まさに2011年のその日本で、私は目の当たりにすることになった。変わりゆくネイマールのその姿をだ。

 その時のネイマールは、もはやそれまでのネイマールではなかった。何がどうとは言い切れないが、変質は確かに感じられた。そしてそれは、決してポジティブな変化ではなかった。

 私の思い過ごしではなかったことが、やがて裏づけられた。明らかになったのは、ネイマールはあの時点ですでにバルセロナと密約を交わしていたことだった。そう、クラブワールドカップの決勝で戦う相手とだ。ネイマールは世界王座を懸けて戦う相手が、自分の新天地であると承知しながら、その事実を秘したまま、決勝のピッチに立っていたのである。その根性が私には気に入らなかった。そう思ったのは、私だけではないだろう。

 バルサに負けて世界一を逃したサントスの会長は、ネイマールが手を抜いていたとまで言って非難した。さすがに手抜きはなかったはずだが、あの瞬間にネイマールは消えてなくなったのだ。サッカーが大好きで、ボールを蹴るだけで幸せだったサッカー小僧は、あの横浜で姿を消した。

 これがまさしくケチのつきはじめだった。ネイマールはここから何度も“やらしかして”いった。
 
 クラブワールドカップ決勝の約1年前だ。ネイマールに危うさを感じ取り、警鐘を鳴らしていた人物がいる。かつてジャマイカ代表を史上初のワールドカップ出場に導いたブラジル人監督のレネ・シモンエスだ。アトレチコ・パラナエンセを率いてネイマールのサントスと対戦したある試合後に、こう苦言を呈した。

「一刻も早く、誰かがこの少年を教育する必要がある。さもないと、とんでもないモンスターが生まれてしまう」

 その試合のネイマールは、まさにやりたい放題だった。見事なゴールを決めたかと思えば、審判に食って掛かり、チームメイト2人を突き飛ばし、交代の指示に従わず、TVカメラの前で監督を罵倒した。

 当時のシモンエスの言葉は軽く受け流されたが、彼の予言は当たってしまった。傲岸不遜なネイマールの振る舞いを、我々は何度見せられただろう。
 
 16年のリオデジャネイロ・オリンピック。ブラジル史上初の金メダル獲得に貢献しながら、ビクトリーランの最中にファンと諍いを起こした。

 バルサ移籍ではサントスと大揉めに揉め、そのバルサとも喧嘩別れ同然でパリ・サンジェルマンに移籍している。パリSGではPKをどっちが蹴るかでエディンソン・カバーニとぶつかり、カバーニが蹴るべきだったと書いたメディアに喧嘩を吹っ掛ける。

 歴代の監督ともほぼ漏れなく衝突し、クラブ幹部と事を構える。とにかく行く先々で、あらゆる人々と、ネイマールは敵対しているのだ。裁判沙汰も少なくない。
 

RECOMMENDオススメ情報

MAGAZINE雑誌最新号