相手の強打がわずかにベースラインを割った時、彼女は目元に手を当て、しばし俯いていた。
その後、天を仰ぐ目は微かに赤みを増していたが、涙はない。大きく吐き出した安堵の息が、この日、彼女が何と戦っていたかを象徴するようだった。
全米オープンテニス準々決勝。大坂なおみ(世界ランキング24位)がカロリーナ・ムチョバ(チェコ/同13位)を6-4、7-6(3)で破り、ベスト4へと歩みを進めた。
第11シードのムチョバは、サービスとフォアハンドを軸に、あらゆるショットを操る端正なテニスの体現者。流れるような動きでネットに出てボレーを決めるなど、ツアーきってのアタッカーでもある。
大坂とムチョバの対戦成績は、2勝2敗で五分の星。直近の対戦は今年1月の全豪オープンで、その時は大坂が勝っている。ただその勝利以上に大坂の頭にこびりついているのは、1年前の全米で喫した敗戦だろう。「一番のお気に入りのウェアを着て負けたので、より落ち込んだ」と苦笑交じりで振り返る傷だ。再戦の“勝負衣装”にナイトセッション用の赤いドレスではなく、本来は昼用のパープルを選んだのも、「ゲンをかついだ」からだという。
若干の苦手意識と、勝利への切望を抱き向かったのが、この日のナイトセッションのコートだった。
実際にムチョバのプレーは、立ち上がりから大坂を戸惑わせる。大坂のサービスで始まったゲームで、いきなり瀕したブレークの危機。ムチョバは攻撃的リターンで、大坂にプレッシャーをかけてきた。このゲームはなんとか切り抜けたが、続くムチョバのサービスゲームでは、1ポイントも奪えない。ムチョバは常にネットに出る気配を漂わせ、大坂のミスも誘う。一瞬の気の緩みも許されぬ緊張感が、両者の間に張り巡らされた。
今大会、準々決勝までの勝ち上がりで大坂を支えたのは、ベースラインでの安定感。相手を力でねじ伏せるのではなく、コースを狙い戦略的に打ち分けることで、自然と主導権を掌握した。
だが試合巧者のムチョバ相手に、事を運ぶのは容易ではない。
「今日の試合は、本当に難しかった」と、試合後に大坂が振り返る。
「彼女はスライスでテンポを変えるのがうまいし、時々フォアで高いボールを打ってくる。私のセカンドサーブに対しても、ものすごく攻撃的に仕掛けてきた」
だから彼女は、試合を通じて、自分に言い聞かせ続けたという。
「とにかく落ち着こう。パニックにならず、チャンスが来るまで無茶せず、じっと我慢しよう」......と。
その後、天を仰ぐ目は微かに赤みを増していたが、涙はない。大きく吐き出した安堵の息が、この日、彼女が何と戦っていたかを象徴するようだった。
全米オープンテニス準々決勝。大坂なおみ(世界ランキング24位)がカロリーナ・ムチョバ(チェコ/同13位)を6-4、7-6(3)で破り、ベスト4へと歩みを進めた。
第11シードのムチョバは、サービスとフォアハンドを軸に、あらゆるショットを操る端正なテニスの体現者。流れるような動きでネットに出てボレーを決めるなど、ツアーきってのアタッカーでもある。
大坂とムチョバの対戦成績は、2勝2敗で五分の星。直近の対戦は今年1月の全豪オープンで、その時は大坂が勝っている。ただその勝利以上に大坂の頭にこびりついているのは、1年前の全米で喫した敗戦だろう。「一番のお気に入りのウェアを着て負けたので、より落ち込んだ」と苦笑交じりで振り返る傷だ。再戦の“勝負衣装”にナイトセッション用の赤いドレスではなく、本来は昼用のパープルを選んだのも、「ゲンをかついだ」からだという。
若干の苦手意識と、勝利への切望を抱き向かったのが、この日のナイトセッションのコートだった。
実際にムチョバのプレーは、立ち上がりから大坂を戸惑わせる。大坂のサービスで始まったゲームで、いきなり瀕したブレークの危機。ムチョバは攻撃的リターンで、大坂にプレッシャーをかけてきた。このゲームはなんとか切り抜けたが、続くムチョバのサービスゲームでは、1ポイントも奪えない。ムチョバは常にネットに出る気配を漂わせ、大坂のミスも誘う。一瞬の気の緩みも許されぬ緊張感が、両者の間に張り巡らされた。
今大会、準々決勝までの勝ち上がりで大坂を支えたのは、ベースラインでの安定感。相手を力でねじ伏せるのではなく、コースを狙い戦略的に打ち分けることで、自然と主導権を掌握した。
だが試合巧者のムチョバ相手に、事を運ぶのは容易ではない。
「今日の試合は、本当に難しかった」と、試合後に大坂が振り返る。
「彼女はスライスでテンポを変えるのがうまいし、時々フォアで高いボールを打ってくる。私のセカンドサーブに対しても、ものすごく攻撃的に仕掛けてきた」
だから彼女は、試合を通じて、自分に言い聞かせ続けたという。
「とにかく落ち着こう。パニックにならず、チャンスが来るまで無茶せず、じっと我慢しよう」......と。