国内テニス

引退するビヨン・ボルグの一言でプロの世界の厳しさを知る~増田健太郎【プロが憧れたプロ|第2回】

スマッシュ編集部

2020.07.24

グランドスラム11勝の名手ボルグに憧れていた増田健太郎(写真右下)は、ボルグ引退でテニスに対する考え方も大きく変わったという。写真:THE DIGEST写真部、(C)GettyImages

 現在、プロとして活躍している選手も、現役を引退してコーチをしている人も、子どもの頃には憧れのプロがいたはずだ――。

【プロが憧れたプロ】シリーズの第2回は、現役時代は全日本テニス選手権連覇など抜群の存在感を放ち、引退後は日本代表のコーチや内山靖崇プロのツアーコーチを務め、指導者としての才能も発揮している増田健太郎氏に話を聞いた。

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「今でも直筆サイン入りの写真を机の上に飾っていますよ」と話す増田が憧れるプロは、グランドスラム通算11勝を誇るスウェーデンの英雄ビヨン・ボルグである。

 全仏オープン4連覇やウインブルドン5連覇など、ボルグが世界中のテニスファンを魅了したのは1970年半ばから80年代にかけてのこと。増田は当時小学校に通うテニス少年だったが、「今より情報がない時代でしたが、ボルグが無茶苦茶強いのは知っていました」とうれしそうに振り返る。

 当時はボルグの両手打ちバックハンドを真似したこともあったそうだが、増田が一番影響を受けたのは「ボルグの練習への取り組み方」だったという。

「彼が現役最後の試合を終えた時のコメントが『これであのトレーニングから解放される』というものでした。この言葉には子どもながら感銘を受けましたね。

 ボルグはトップを維持するため、日々血の滲むような練習をしていたんです。僕は彼の言葉を聞いて"きつい練習に耐えなければ、一流選手にはなれない"と気づきました。とはいえ当時はまだ小学生だったので、そうした思いに行動が伴わず、楽な道ばかりを選んでいましたが…」と苦笑する。
 
 そんな増田のテニスに対する姿勢が変わったのは高校生くらいになってから。すでにジュニアレベルでは全国区の選手として知られる存在になっていたが、様々な経験を積んでいくうちに「もっと上に行くには、もっと頑張らなければ」と自分自身に本気で言い聞かせることができるようになったのだ。だからこそ「人一倍走り込むこともできた」という。

 時を経て18歳でアマチュアからプロに転向し、現役時代は無尽蔵とも思えるスタミナと粘り強さを武器に次々と結果を積み重ねた増田。その国内最強とも言われたプレーを支えていたのは、憧れのプロがつぶやいた一言だった。

取材・文●小松崎弘(スマッシュ編集部)

[写真]増田健太郎氏が真似をしたボルグの両手打ちバックハンド