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海外テニス

【レジェンドの素顔6】エバート家の歴史が支えた”辛抱強い”スタイル。父親が授けた3つの鉄則をクリスは勝利に結びつけた|後編<SMASH>

立原修造

2021.04.07

エバート家のルーツはルクセンブルクにあり、クリスの曽祖父のときにアメリカに移住してきた。写真:THE DIGEST写真部

エバート家のルーツはルクセンブルクにあり、クリスの曽祖父のときにアメリカに移住してきた。写真:THE DIGEST写真部

 大一番におけるスーパースターたちの大胆さや小心をのぞいていくシリーズ「レジェンドの素顔」。今回はクリス・エバートの後編だ。

 クリスは、一年を通して、テニスができる恵まれた土地に生まれたこと、父親のジミーによる適格なコーチングという2つの幸運に恵まれた。ジミーはクリスに徹底的に“辛抱強さ”を身に着けさせようとした。さて、ジミーは一体、どのようにクリスを導いたのだろうか。

   ◆   ◆   ◆

伝統的に勤勉で忍耐強い家風

 まず、家庭内で、ジミーの父親ぶりを見てみよう。エバート家は伝統的に勤勉で忍耐強い家風を持っていた。これは都合のいいことだった。エバート家の歴史をさかのぼってみると、家風のこともうなずける。

 エバート家はクリスの曾祖父のとき、アメリカに移り住んできた。出身はヨーロッパ西部のルクセンブルクである。

 ルクセンブルクは10世紀に建国された歴史の古い国であるが、小国のため、たびたびフランスやオランダに支配されてきた。何しろ、日本でいえば、埼玉県よりもずっと小さな国だ。フランスあたりに攻め込まれたら、ひとたまりもない。世界史的にも、辛酸をなめ続けた国である。そのため、国民は勤勉で、ねばり強さと忍耐力を持っている。
 
 それはそうだろう。こんな小国でイタリア人のようにのんきにふるまっていたら、とっくの昔に滅ぼされていたにちがいない。そんな歴史的背景を考えると、クリスがフレンチ・オープンで勝ち続けたことには、非常に意味がある。

 フランスはかつて自分の祖国を乗っ取っていた国だ。そんな国に今度は一人で乗り込んで行って、先祖の恨みを晴らすかのような大活躍を見せる。何しろフレンチ・オープンには7回も勝っている。ルクセンブルク人の喝采が聞こえてきそうな感じだ。

 さて、勤勉で忍耐強いルクセンブルクの国民性が、アメリカに移住したあとのエバート家にも脈々と生きていた。特にジミー自身がそうだった。さらに貧困が彼を鍛えた。

 移住後、エバート家はシカゴで農業を営んでいたが、ジミーの父の代に株で成功し、銀行業を幅広く経営するようになった。そこに1929年の世界大恐慌。エバート家は破算し、無一文になってしまった。
 
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苦しい環境でも尽きないテニスへの興味

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