国内テニス

「粘って良かった」加藤未唯、全日本室内制覇のスリリングな舞台裏。張り替えのラケットが最終セットで届く<SMASH>

内田暁

2022.12.26

ダブルス巧者の加藤未唯(右)が8年ぶりに全日本室内のシングルスを制覇した。準優勝はイギリス所属でプレーする宮崎百合子(左)。写真:京都府テニス協会

 勝負の命運を左右したのは、コートから離れた、文字通りの"舞台裏"での顛末かもしれない。

 島津全日本室内テニス選手権、女子シングルス決勝戦。

 試合開始直後から4ゲーム連取した加藤未唯だが、必ずしも、心地よくプレーできていたわけではなかったという。宮崎百合子の低く滑る球筋は、タイミングが取りにくい。ゲームカウント5-1とリードするも、そこから3ゲーム連取を許した。

「硬さをほぐそうとセットポイントでサーブ&ボレーをしたが、ミスしたことでより硬くなってしまった」

 それでも最後はリターンウイナーを叩き込み、6-4でもぎ取った第1セット。

 さらに加速をつけるべく、ラケットを変えて第2セットに挑んだその時、加藤は異変に気が付いた。ストリングのテンションが緩んでいたのか、ショットの感覚がまったく合わないのだ。

 第1ゲームをブレークされた直後に、慌ててストリングを張り替えに出し、その間、もともと使っていたラケットに戻す。だが一度狂った感覚と、相手に与えた勢いを取り戻すのは容易ではない。

 他方で、「ミスを減らそうと思った」という宮崎のプレーは精度が増し、小気味よいリズムが生まれる。スコアはたちまち、宮崎の4-0に。第2セットの開始から、わずか12分ほどの出来事だ。
 
 この頃、室内コートと扉を隔てたストリンガーブースでは、急ピッチでラケットを仕上げる作業が進められていた。

 選手が出したラケットの張り替え依頼は、主審の無線機を通じ、ストリンガーブースに伝えられる。ただこの時は、受け渡し作業のすれ違いで、ラケットがストリンガーの手に渡るまで少しのタイムラグが生じたのだ。

 試合中の張り替え依頼である。選手にとって急を要するのは必至だ。少しの遅れが試合を左右しかねないだけに、ストリンガーは「焦った」。しかもスコアは、一方的に進んでいく。迅速かつ慎重に、職人はラケットとストリングに向き合った。

 舞台裏のそんな事情を、コートに立つ加藤は知る由もないだろう。ただ相手が勢いに乗る中で、「このセットはちょっと厳しい。ファイナルセットに向けてやろう」と、半ば割り切り始めてもいた。

 ゲームカウント0-4のサービスゲームでは、相手にブレークポイントも握られる。それでもこのゲームは、終盤に好サーブを2本連ねてゲームキープ。1-5からのサービスゲームも、デュースにもつれながらもキープした。
 
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ファイナルセットにぎりぎり間に合ったラケット