海外テニス

母となった“元神童”ベンチッチが初のウインブルドン4強!快進撃を支えたヒンギス母の戦略的な教え<SMASH>

内田暁

2025.07.10

ウインブルドン準々決勝のアンドレーワ戦では、「しっかりプランを用意した」というベンチッチ。その作戦が奏功し、2度のタイブレークを制して勝利した。(C)Getty Images

 ネット際に高々と上がった相手の返球を、慎重に、かつ豪快に、スマッシュで叩き込んだ。

 主審が試合終了を告げるより先に、彼女はラケットをその場に落とし、両手を天に突き上げる。ベリンダ・ベンチッチ(スイス)が、テニス四大大会のベスト4に勝ち上がるのは、2019年の全米オープン以来。ウインブルドンではベスト16が最高だった"かつての神童"が、28歳を迎え、しかも母親となり、過去最高の快進撃を見せている。

 ベンチッチの驚異の復活劇が開幕したのは、昨年11月、産後わずか半年でコートに戻ってきた彼女は、復帰後最初の四大大会である全豪オープンで、4回戦に進出。2月にはアブダビオープン(WTA500)を制し、世界ランキング35位で今回のウインブルドンを迎えていた。

 ウインブルドンは彼女にとって、常に「一番勝ちたい大会だった」と言う。今回の4回戦で勝利し初のベスト8進出を決めた時は、「今まで、あまりに勝ちたいという思いが強すぎた」とも打ち明けた。

 ただ今大会、ベビーカーを押して会場内を歩き、練習中も子どもの様子をチェックする彼女の姿は、とてもリラックスして見える。やや安易な物言いではあるが、立場や人生のプライオリティも変わったことで、"聖地"に対する過度な思い入れが薄れ、肩の力が抜けているのかもしれない。
 
 同時に、幼少期にマルチナ・ヒンギス(スイス)の母・メラニー氏の薫陶を受けたベンチッチの"テニスIQ"は、ヒンギスを彷彿させる冴えを見せる。特に準々決勝のミラ・アンドレーワ(ロシア)戦は、戦略の勝利だったと言えるだろう。

 18歳のアンドレーワも、手持ちの札が豊富なタイプ。その新鋭との対戦を控え、ベンチッチは「相手を分析し、しっかりプランを用意した」という。「相手より自分のプレーに集中する」や、「数字より自分の直感を信じる」という選手も多いなか、ベンチッチは自身の強みを、「必ず作戦を立て、なおかつ相手に適応できること」だと明言した。

「コートに立つ時は、必ずプランを用意する。何も考えずに即興でプレーするのは好きではない。ただ、私がキャリアを通じて一番大事にしていることは、相手に応じてプレーを変えること。そして、いくつかのプランを用意しておくこと。『プランA』だけで勝負するのではなく、相手に応じてプランをアジャストできることが、自分の強みだと思います」

 このベンチッチの言葉を聞き、以前に、元世界70位の尾﨑里紗さんに聞かせてもらったエピソードを思い出した。それは尾﨑さんが、メラニー氏が経営するアカデミーをトライアルで訪れた時のこと。

 練習前のウォームアップで尾﨑さんは、ジュニアたちに交じり、バスケットボールの3対3をしていた。するとその様子を見ていたメラニー氏は、子どもたちの首根っこをつかまえ、「彼女がボールを持っている時は、あなたはここに来なきゃダメでしょ!」、「あの子がこう動いたのだから、あなたはこっちに来る!」と、引きずるようにして指導したという。つまりは、ウォームアップのミニゲームでも、常に頭を使い、相手やチームメイトを見て、自分がやるべきことを考えよという教え。ベンチッチは、そのメラニー氏の勝負哲学を誰より忠実に体現しているのだろう。
 
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ベンチッチがウインブルドンに特別な思いを寄せる理由