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海外テニス

一時離脱中の大坂なおみの今後はどうなる?実は珍しくない、過去にテニス界を一時期離れた天才少女たち<SMASH>

内田暁

2021.10.12

2017年中国オープンでチャン・ユンジャン(右)と組んでダブルスに優勝したヒンギス(左)。復活後はテニスを楽しんでいた。(C)Getty Images

2017年中国オープンでチャン・ユンジャン(右)と組んでダブルスに優勝したヒンギス(左)。復活後はテニスを楽しんでいた。(C)Getty Images

 16歳で世界1位に君臨し、累計で209週にわたりその地位に座したマルチナ・ヒンギスが一度目の引退を表明した時、彼女は22歳だった。天才少女の名を欲しいままにしたヒンギスだが、20歳の頃から1~2歳年少のウィリアムズ姉妹に敗れることが増え、「世代交代」とまでささやかれた。慢性的な足首の痛みにも悩まされ、コートを離れる時間も長くなる。

「私はテニス以外にもやりたいことがある。勉強もしたいし、乗馬も楽しみたい。テニスは苦痛になり、わたしは、楽しくないテニスはやりたくない」

 当時ヒンギスは、フランスの『レキップ』紙などにそう語っている。早すぎる元女王の引退に、「燃え尽き症候群」の言葉も飛び交った。

 ちなみに、14歳以下のプロ競技会への参加禁止などを定めた“年齢規制”が施行されたのが、1995年。1980年生まれのヒンギスは、このルールが適応されない最後の世代だと言える。
 
 引退時には「ツアーに戻ることはないと思う」と言っていたヒンギスだが、実際には2年後に復帰し、2017年の“最終引退”まで単複でファンを魅了したことは、人々の記憶に新しいだろう。引退後も後進の育成に従事し、依然、テニスへの愛情と情熱は失っていない。

 ヒンギス以降で、“天才少女”と呼ばれた選手といえば、現世界1位のアシュリー・バーティーの名が真っ先に挙がる。幼少期から地元では注目の存在だったバーティーは、15歳でウインブルドンジュニアを制したことで、その名を世界に知らしめた。とりわけ、テニス大国を自負する母国オーストラリアでの期待は高く、その事実は、15歳で全豪オープン本戦ワイルドカードを与えられたことにも表れているだろう。

 実際に彼女は、16歳時に全豪オープンダブルスで準優勝し、天才と称される才能を証明した。だがプレッシャーからか、シングルスでは、望まれた結果は得られなかったのだろう。

「無期限で、テニスから離れます」。そう表明した時、彼女はまだ18歳だった。
 
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「精神的に限界だった」バーティーが復帰したのは約2年後

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