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海外テニス

東京パラリンピック金メダル後の空虚な心を再燃させた2本のショット。国枝慎吾がライバルとの決勝で逆転できた要因<SMASH>

内田暁

2022.07.12

国枝のプレーを支えるバックハンドが、今回の試合でも鍵となった。(C)Getty Images

国枝のプレーを支えるバックハンドが、今回の試合でも鍵となった。(C)Getty Images

「どうやって打ったのか、自分の動画をメッチャ何度もスロー再生で見ましたよ」。照れ臭そうに笑い振り返るその日々は、国枝に、テニスを始めたばかりの無垢な探求心と喜びを蘇らせた。

「このショットをまた目指して、テニスをやっていくのも面白いかな」。そう思えた時、次なる目標も決まる。全てのショットを極めていくこと。そしてその先で光を放つのが、唯一抱いたことのない、ウインブルドン・シングルスのトロフィーだ。

 そのトロフィーまで、あと1勝と迫った決勝戦の朝――。 前日まで感じていなかった重圧が、突如として、彼を襲った。

「このタイミングしかない、取るなら本当に今日しかないと思った瞬間に、ものすごくプレッシャーかかってきて、急に」。試合前のロッカールームでは、鏡の中の自分を覗き込み、「目が怯えていないか、しっかり確認してコートに入った」

 それでも試合が始まると、自分の硬さを自覚する。「またこのプレッシャーを味わうのか……」

 そう思うと、逃げだしたいほどの苦しさも覚えた。同時に、このプレッシャーがあるからこそ、勝った時のうれしさが倍増することも、彼は経験上知っている。
 
「それを目指して、やるしかねーな」。 どこか諦念の境地に達し、彼は運命の一戦を戦っていた。

 決勝を戦うヒューエットは、国枝に「取るなら本当に今日しかない」との重圧を与えた、最大の因子だろう。英国出身の24歳。20歳で世界1位にも座した彼は、何世代にも渡り複数の好敵手を生んできた国枝の、現時点での最大のライバルだ。

 童顔の下に、「全てのグランドスラムを取る最初の選手になる」との野心を燃やすヒューエットは、地元ファンの声援を背に、得意のバックで攻め立ててくる。対する国枝は、芝が剥げむき出しになった土に車輪を取られ、思うようにサーブが打てない。常に追う展開の中、幾度も「もうだめかも」の諦めが脳裏をよぎり、そのたびに「まだまだいける! もう一回あのゾーン状態に入れば、こちらの流れになるはず」と自分に言い聞かせた。

「その葛藤で、頭の中の自分は戦い合っていたかなと思います」。試合後、「試合の展開はよく覚えてない」との苦笑いと共に、彼は胸の内を明かした。
 
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