格闘技・プロレス

お茶の間で一大ブームを巻き起こしたボブ・サップ。「ビースト」と称された男は間違いなく“時代の象徴”だった【K-1名戦士列伝】

橋本宗洋

2023.01.17

最盛期のサップは自信に満ち溢れ、どんな敵にも自慢のパワーで立ち向かった。そのアグレッシブなファイトスタイルと個性は、日本列島で一大フィーバーを巻き起こした。(C)Getty Images

 GPでの優勝経験はない。だが、K-1の歴史を語るうえで欠かせない存在がいる。ボブ・サップだ。この男はK-1だけでなく格闘技の歴史に名前を刻んだと言ってもいいほどの異彩を放った。

 アメリカンフットボールで活躍してNFLチーム入りを果たした経験もある身長200cmの巨漢は、プロレスラーを目指していたところにK-1からスカウトされた。2002年のことだ。デビューの舞台は当時、K-1と協力関係にあったPRIDEのリングだった。

 とにかくデカく、それでいて機敏に動く。そして何よりもパワーが規格外。それがサップの第一印象だ。「フハハハハ!」と不敵に笑い、自身を"ビースト"と称した彼は、ビジュアルも、アグレッシブなファイトスタイルも、キャラクターも抜群。ゆえにサップが知名度を上げるのにさほど時間はかからなかった。

 とりわけインパクトが強かったのが、K-1とPRIDEが国立競技場に進出した2002年8月の『Dynamite!』。総合格闘技ルールでアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ(ブラジル)に敗れたものの、序盤はパワーで圧倒。まだキャリアが浅く、技術も未熟だったこの時点で、当時PRIDEヘビー級王者に君臨したノゲイラに善戦したのである。

 国立を沸かせた激闘によって、サップの株は上がった。ある雑誌の編集長は、試合を見て、こう言っていたのが筆者の記憶には残っている。
 
「これ、もう"最強"に答えが出ちゃったんじゃない?」

 サイズとパワーこそが最大の武器で、強さを決める最重要項目。それが「答え」だというわけだ。

 無論、K-1でも"違い"を生み出した。2002年のGP開幕戦に出場したサップはアーネスト・ホースト(オランダ)との打ち合いを制した。過去3回の優勝歴を誇る名手に"新人"が勝つ。大事件としか言いようがなかった。

 その後、ホーストは欠場者が出た影響による繰り上がりで決勝大会に参戦。そこでサップとのリマッチが組まれた。超満員となった東京ドームでの一戦でも、「ビースト」がKO勝利を掴んだのだった。

 K-1でも最高クラスのテクニシャンだったホーストを、サップのパワーが打ち砕く――。これほど分かりやすく、エキサイティングな試合もなかった。ただ、サップは準決勝を負傷棄権。結果、再び繰り上がったホーストが優勝するという劇的な結末となった。
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