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【名馬列伝】「芝でも通用する」アグネスデジタルこそ“元祖二刀流”だと推す理由。唯一無二のオールラウンダーは名伯楽の慧眼が生んだ

三好達彦

2023.08.08

アグネスデジタルは芝とダートの“二刀流”として、多くのGⅠレースを制した。写真:産経新聞社

アグネスデジタルは芝とダートの“二刀流”として、多くのGⅠレースを制した。写真:産経新聞社

 江戸時代初期、剣豪と称された宮本武蔵が用いた両手に刀を持って相手と立ち会う剣術によって世に知られるようになった「二刀流」という言葉。もはや説明する必要もなかろうが、いまは投手と打者、二つの「術」で日米の野球ファンに熱狂を巻き起こす大谷翔平(ロサンゼルス・エンジェルス)の代名詞となっている。

 では、競馬の世界ではどうか。一般的には芝とダート、両方を高レベルでこなす馬がそれにあたるとされるだろう。そして大谷が出現するまで、競馬界では「芝とダート両用」「オールラウンダー」などと称されていた。

 グレード制導入以前の馬としては、まずタケシバオーが挙げられよう。距離は1000mから3200mまでをカバーし、芝では朝日杯3歳ステークスや天皇賞(春)を制覇。ダートでは馬場状態の悪化でダート変更となった毎日王冠(2100m)で62㎏を背負いながら圧勝し、次走の英国フェア開催記念では一転して芝1200mに出走し、ここでも62㌔の酷量をものともせずレコードタイムで勝利を収めた。どんな条件でも軽々には屈しないその走りによって「野武士」というニックネームも付けられた。

 エリザベス女王杯(GⅠ、芝2400m)、帝王賞(統一GⅠ、ダート2000m)、川崎記念(統一GⅠ、ダート2000m)などのダート交流重賞を勝ちまくったホクトベガ。NHKマイルカップ(GⅠ、芝1600m)とジャパンカップダート(GⅠ、ダート2100m)を制したクロフネ。この2頭に代表される「二刀流」の馬はいたが、筆者が敢えて推したいのは米国産のアグネスデジタルである。
 
 アグネスデジタルの通算成績は32戦12勝。そのうち、芝のレースが15戦(4勝)、ダートが17戦(8勝)で、GⅠ(統一GⅠを含む)を芝とダートを合わせて6勝しているのだから、これぞ正真正銘の「二刀流」、「オールラウンダー」と呼んで差し支えないだろう。

 調教師界きっての血統通として知られた白井寿昭(2015年に定年で引退)は、しばしば欧米を訪れて見分を広めるとともに、生産者との独自の関係も構築していた。白井は1997年、オーナーたちの依頼を受けて米国へと馬の購買に旅立つ。しかし、それはセリ市での購買ではなく、自らリストアップした馬の生産者とじかに取り引きすることを目的としていた。

 リストアップした数頭のうち、最上位としていた馬は買えなかったが、世界の生産界を席巻していた大種牡馬ミスタープロスペクター(Mr. Prospector)の直仔、クラフティプロスペクター(Crafty Prospector)の牡駒を、当時のレートで3000万円ほどというリーズナブルな価格で牧場から直接購買する話をまとめた。小柄で目立たない馬ではあったが、それがのちにアグネスデジタルと名付けられて歴史的名馬となるのだから競馬は不可思議なものである。
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