――ナショナルチームに入ってみていかがでしたか。
トップの環境だからこそ学生のチームでは得られないものがすごくたくさんありました。スケートに対するモチベーションや意識の部分だったり、スケートに対する気持ちを強くさせてくれたし、一人の人間として大きく成長できたなって思います。
――オリンピックを具体的な目標として意識したのはいつだったのでしょうか。
ナショナルチームに入った最初の1年で個人種目でも大きく伸びたことが目指すきっかけにはなりましたが、具体的なタイミングだったのは平昌冬季オリンピックシーズンに出場したワールドカップのチームパシュートで世界記録を平地で出したときです。私でもできるんだって思えました。それまでも「オリンピックを目指します」と言葉にしてはいたのですが、その言葉に自信を持つことができて、本気でオリンピックを目指したいなって思いました。
――そして2018年の平昌冬季オリンピックに出場しました。
年末の選考会で、まず3000mで2位になって代表に内定しました。出れるかもと思っていたけど現実になってみると、正直驚きの方が大きかったですね。
――平昌ではチームパシュートのメンバーとして金メダルを獲りました。
金メダルという結果は大きなものでしたが、それ以上に自分の心の中が大きく変わった出来事だったと思います。一人のスケーターとして強くなりたいなと思いましたし、次のオリンピックのことも思い描くことができて、もう一度、金メダルが欲しいと思えるきっかけになりました。北京冬季オリンピックへ向けての第一歩になったという感覚でした。
――大学を卒業後はANAに入社しました。
飛行機に乗るときはANAが多かったですし、社風やANAで活躍されているアスリートの方もたくさんいて、こんなに温かい社員の方たちの一員になれたら、その中でスケートができたらどれだけ楽しいか、自分のモチベーションにつながるなと強く思ったのが大きく理由のひとつでした。実際に入社してみて、本当に皆さんすごく温かく応援してくれるので、私が頑張れている源でもあります。
スピードスケートはそこまでメジャーではないので、私をきっかけにスピードスケートを知ってもらえたらいいな、それと一緒に佐藤綾乃というスケート選手を知ってもらえたらいいなっていうのは、入社前も入社してからも強く思っています。
――迎えた北京冬季オリンピックでは、チームパシュートで銀メダル、1500mでも4位入賞を果たしました。
北京シーズンのワールドカップ前半戦では1500mで3回、表彰台に立つことができました。信じられないような結果でしたし、自分でも大きく成長することができたと強く感じられたからこそオリンピックでは個人種目でもメダルを狙うという目標を持って挑めました。
当時は4位という結果にやり切ったという気持ちが大きく、達成感もありましたが、だんだんと時間が経つなかでメダルが手に届きそうな位置で終わってしまって悔しいという気持ちが強くなっていくのを感じました。
――北京冬季オリンピックが終わったあと、その先をどう考えましたか。
自分の中では「出し切った」という気持ちもありましたし、チームパシュートでも私たちの中でできることはやり切ったなと思いました。でも悔しい思いはもちろんあって、続けるか、何を目標に頑張るか、けっこう悩んだ時期でしたね。
トップの環境だからこそ学生のチームでは得られないものがすごくたくさんありました。スケートに対するモチベーションや意識の部分だったり、スケートに対する気持ちを強くさせてくれたし、一人の人間として大きく成長できたなって思います。
――オリンピックを具体的な目標として意識したのはいつだったのでしょうか。
ナショナルチームに入った最初の1年で個人種目でも大きく伸びたことが目指すきっかけにはなりましたが、具体的なタイミングだったのは平昌冬季オリンピックシーズンに出場したワールドカップのチームパシュートで世界記録を平地で出したときです。私でもできるんだって思えました。それまでも「オリンピックを目指します」と言葉にしてはいたのですが、その言葉に自信を持つことができて、本気でオリンピックを目指したいなって思いました。
――そして2018年の平昌冬季オリンピックに出場しました。
年末の選考会で、まず3000mで2位になって代表に内定しました。出れるかもと思っていたけど現実になってみると、正直驚きの方が大きかったですね。
――平昌ではチームパシュートのメンバーとして金メダルを獲りました。
金メダルという結果は大きなものでしたが、それ以上に自分の心の中が大きく変わった出来事だったと思います。一人のスケーターとして強くなりたいなと思いましたし、次のオリンピックのことも思い描くことができて、もう一度、金メダルが欲しいと思えるきっかけになりました。北京冬季オリンピックへ向けての第一歩になったという感覚でした。
――大学を卒業後はANAに入社しました。
飛行機に乗るときはANAが多かったですし、社風やANAで活躍されているアスリートの方もたくさんいて、こんなに温かい社員の方たちの一員になれたら、その中でスケートができたらどれだけ楽しいか、自分のモチベーションにつながるなと強く思ったのが大きく理由のひとつでした。実際に入社してみて、本当に皆さんすごく温かく応援してくれるので、私が頑張れている源でもあります。
スピードスケートはそこまでメジャーではないので、私をきっかけにスピードスケートを知ってもらえたらいいな、それと一緒に佐藤綾乃というスケート選手を知ってもらえたらいいなっていうのは、入社前も入社してからも強く思っています。
――迎えた北京冬季オリンピックでは、チームパシュートで銀メダル、1500mでも4位入賞を果たしました。
北京シーズンのワールドカップ前半戦では1500mで3回、表彰台に立つことができました。信じられないような結果でしたし、自分でも大きく成長することができたと強く感じられたからこそオリンピックでは個人種目でもメダルを狙うという目標を持って挑めました。
当時は4位という結果にやり切ったという気持ちが大きく、達成感もありましたが、だんだんと時間が経つなかでメダルが手に届きそうな位置で終わってしまって悔しいという気持ちが強くなっていくのを感じました。
――北京冬季オリンピックが終わったあと、その先をどう考えましたか。
自分の中では「出し切った」という気持ちもありましたし、チームパシュートでも私たちの中でできることはやり切ったなと思いました。でも悔しい思いはもちろんあって、続けるか、何を目標に頑張るか、けっこう悩んだ時期でしたね。




