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【名馬列伝】“鬼才”田原成貴とマヤノトップガンが織り成した2つの伝説! 三冠馬とのマッチレースと三強対決<後編>

三好達彦

2022.08.15

 熱狂するファンの声援のなか、マヤノトップガンが先に出るが、ナリタブライアンも離れずに食いついていく。“鬼才”田原成貴と“天才”武豊の技術と頭脳のすべてが投入された両馬の激烈な競り合いは最後まで続き、2頭はピタリと馬体を併せたままゴール。ちなみに3着のルイボスゴールドは、そこから9馬身(タイム差1秒5)も後ろにいた。

 写真判定の末、軍配はアタマ差でナリタブライアンに上がったが、リプレイ映像を見ると、まさにゴールの瞬間の「頭の上げ下げ」で決していたことが分かる、まさに激闘という呼び名にふさわしいレースだった。

 そしてナリタブライアンにとっては、これが現役最後の勝利になった。
 
 その後、マヤノトップガンは天皇賞・春では上がり馬サクラローレルの5着に敗れたものの、やや出走馬のレベルが落ちた続く宝塚記念(GⅠ、阪神・芝2200m)は力の違いを見せて圧勝し、三つ目のGⅠタイトルを手に入れた。

 しかし秋シーズンは、天皇賞・秋こそバブルガムフェローの2着としたものの、その前のオールカマー(GⅡ、中山・芝2200m)が4着、連覇をかけて臨んだ有馬記念がサクラローレルの7着と、いまひとつ冴えが見られないまま幕を閉じた。

 5歳となった1997年も阪神大賞典からスタートを切ったマヤノトップガンは、59㎏という酷量を背負ってのレースとなった。

 単勝オッズ1.9倍という圧倒的な支持を受けるなか、次走に予定している天皇賞・春に向けて、鞍上の田原は後方待機という大胆な策に打って出る。するとマヤノトップガンは第3コーナーから先団との差を詰めて“馬なり”で先頭に立つと、2着のビッグシンボルに3馬身半の差を付けて圧勝した。

 なぜ田原はこういう思い切った策を試したのか。

 それは前年の天皇賞・春と有馬記念二度までも苦杯を飲まされたサクラローレルを負かすためには、マヤノトップガンをこれまでの先行・抜け出しという真っ正直な競馬では何かが足りないと感じていたから。つまり、相棒が秘めている能力を新たに掘り起こすためだったのである。
 
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