翌2001年、アグネスタキオンの始動戦は弥生賞(GⅡ)となった。彼が出走を表明したことから回避馬が続出し、皐月賞(GⅠ)のトライアルレースでありながら出走頭数がわずか8頭になるという異常事態が起こった。激しく降った雨で不良馬場での開催になったが、単勝オッズ1.2倍の1番人気に推されたアグネスタキオンはこれまで以上の強さを見せ、先を行くボーンキングをあっさり交わすとそれを突き放し、ゴールでは5馬身もの差を付けていた。距離に不安なし、馬場不問、末脚の切れは世代最高。アグネスタキオンの前途には何の曇りもなかった。この時点では...。
迎えた皐月賞。断然の“一強”として降臨したアグネスタキオンは、単勝オッズ1.3倍という圧倒的な1番人気を背負ってゲートイン。レースはアグネスタキオンの強さを際立たせるだけの舞台となった。7番枠から出るとすんなり好位の5番手に付けて追走。第3コーナーからじわじわとポジションを上げると3番手で直線へ向き、あっさりと先行勢を交わす。そして後方から追い込んできたダンツフレームやジャングルポケットを寄せ付けず、1馬身半差を付けて圧勝した。
「お兄さんのダービーとは立場が違っただけに(勝てて)ホッとした」と安堵の気持ちを打ち明けた河内だったが、同時に「この馬らしい走りではなかった」と気になるコメントも残している。数字を見てみると、これまでのアグネスタキオンはすべて上がり時計で1位となっていたが、今回は2着のダンツフレームに0秒3劣る2位に甘んじていた。ただ、これが何を指し示す数字なのか、その時点では分からなかった。
日本ダービーの兄弟制覇を見据えて調整に入っていた5月2日、アグネスタキオンは左前肢の浅屈腱炎を発症していることが判明。いったん社台ファームに放牧に出されたが、その後の関係者による協議の末、引退を電撃決定。キャリアはわずか4戦。“三冠”の夢は儚く消え、社台スタリオンステーションで種牡馬入りすることになった。
その後、アグネスタキオンが下した馬のうち、ジャングルポケットは日本ダービーを、マンハッタンカフェは菊花賞を制した。その比較からも、アグネスタキオンが「幻の三冠馬」と呼ばれたことは一定の妥当性を持っていることが分かるだろう。
迎えた皐月賞。断然の“一強”として降臨したアグネスタキオンは、単勝オッズ1.3倍という圧倒的な1番人気を背負ってゲートイン。レースはアグネスタキオンの強さを際立たせるだけの舞台となった。7番枠から出るとすんなり好位の5番手に付けて追走。第3コーナーからじわじわとポジションを上げると3番手で直線へ向き、あっさりと先行勢を交わす。そして後方から追い込んできたダンツフレームやジャングルポケットを寄せ付けず、1馬身半差を付けて圧勝した。
「お兄さんのダービーとは立場が違っただけに(勝てて)ホッとした」と安堵の気持ちを打ち明けた河内だったが、同時に「この馬らしい走りではなかった」と気になるコメントも残している。数字を見てみると、これまでのアグネスタキオンはすべて上がり時計で1位となっていたが、今回は2着のダンツフレームに0秒3劣る2位に甘んじていた。ただ、これが何を指し示す数字なのか、その時点では分からなかった。
日本ダービーの兄弟制覇を見据えて調整に入っていた5月2日、アグネスタキオンは左前肢の浅屈腱炎を発症していることが判明。いったん社台ファームに放牧に出されたが、その後の関係者による協議の末、引退を電撃決定。キャリアはわずか4戦。“三冠”の夢は儚く消え、社台スタリオンステーションで種牡馬入りすることになった。
その後、アグネスタキオンが下した馬のうち、ジャングルポケットは日本ダービーを、マンハッタンカフェは菊花賞を制した。その比較からも、アグネスタキオンが「幻の三冠馬」と呼ばれたことは一定の妥当性を持っていることが分かるだろう。




