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【玉木正之のベースボール今昔物語:第15回】「それを作れば、彼らがやってくる」――アメリカ最高の野球映画『フィールド・オブ・ドリームス』の素晴らしさと“聖地”での思い出<SLUGGER>

玉木正之

2025.07.25

アイオワ州ダイアーズビルにある「MLBアット・フィールド・オブ・ドリームス」の球場。実際にトウモロコシ畑の中に建てられている。(C)Getty Images

 アメリカには、素晴らしい野球映画が何本もある。

 メジャーリーグで黒人選手がプレーする道を開いたジャッキー・ロビンソンの生涯を描いた『42 ~世界を変えた男~』、アスレティックスのゼネラルマネジャー、ビリー・ビーン(演:ブラッド・ピット)が新しいセイバーメトリクス理論を駆使し、年俸の低い選手ばかりで地区優勝を果たす『マネー・ボール』、マイナーリーグのチームと選手たちに愛情を注いだケビン・コスナー&スーザン・サランドンのラブコメディ『さよならゲーム』、30年以上優勝から遠ざかったダメ球団クリーブランド・インディアンス(現ガーディアンズ)が、奇跡的に勝ち進むというドタバタコメディ映画『メジャーリーグ』、リトルリーグの子供たちが頑張る『がんばれ! ベアーズ』、第二次大戦中にメジャーの選手たちの多くが兵隊となって戦地へ赴いた間、女子野球リーグで頑張った女性選手たちを描いた『プリティ・リーグ』(マドンナも出演しましたね)、そして古くは2130試合連続出場の大記録を打ちたてた大打者ルー・ゲーリッグの生涯を描いた『打撃王』(原題は『プライド・オブ・ヤンキース』。この映画は主人公役を演じたゲーリー・クーパーの名演技と、ベーブ・ルース本人の友情出演もあって、引退試合での「私は世界一幸せな男です」という有名なシーンが、本物の引退の挨拶以上に多くの野球ファンの記憶に残っているとも言われている……)。

 ……まだまだ取り上げたい野球映画は山ほどあるが、そんな中でNo.1を選べと言われれば、私は迷うことなく『フィールド・オブ・ドリームス』を挙げたい。
 
 都会を離れてアイオワ州の片田舎でトウモロコシ畑を営んでいたケビン・コスナー演じる主人公が、ある日、「それを作れば、彼らがやってくる」という天の声を聞く。そしてトウモロコシ畑の中に浮かぶ野球場の幻影を見た彼は、その日から、畑を壊して野球場((フィールド・オブ・ドリームス=夢の球場)を創り始める……。

 周囲からは、何を馬鹿なことをやってるんだと嗤われるのだが、その野球場には、かつてメジャリーガーを目指していた主人公の父親の若かりし頃の姿も現れ、さらに1919年のワールドシリーズで八百長を犯し、球界から永久追放されたシカゴ・ホワイトソックスの8人の選手も現れ、みんなが野球を始めるのだ……。

 私は、この映画を89年秋の日本公開前の試写会で見た。映画のラストシーンが近づき、主人公と若き姿の父親が、夕日に照らされた野球場で2人だけのキャッチボールをはじめる、それまでお互いに親子としてはまったく理解しあえなかったが、言葉を交わさずボールを投げ合うだけで2人は心を通わる......というシーンになった時......私の座っていた座席の3列前で、一人の男性が大声を上げてウォーンウォーンと泣き始めた。

 私も少々涙ぐんだ感激のシーンとは言え、その初老の男性の慟哭には驚いた。彼は背中を丸めて震わせたまま、映画が終わって場内が明るくなるまで泣き続けたのだが、彼がスポーツライターの大先輩という以上に、小生の大先生とも言うべき佐瀬稔さんだと分かった時は、本当に嬉しかった。さすがは佐瀬さん! 素晴らしい野球映画には、素晴らしい反応を示されるのだ!

 明るくなった場内で、目を真っ赤に泣き腫らした佐瀬さんに声をかけると、佐瀬さんは、少し恥ずかしそうな素振りを見せながら、「おい、呑みに行くぞっ!」と言った。新橋駅裏の赤提灯で、親子の心もつなぎ、大人たちの夢もつなぐ野球の素晴らしさについて、しみじみと語り合ったのだった。
 
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トウモロコシ畑の中の聖地へ赴く