コビー・ブライアントがヘリコプター墜落事故でこの世を去ってから、早くも2年が過ぎた。
今回は世界中のファンを魅了したこの悲劇のスーパースターの物語をお届けする。コビーは死の直前、3人のバスケットボールにまつわる友人とメッセージを交わしていたという。その内容には、コビー・ブライアントという人物の温かい人柄がにじみ出ていた。
※年齢および所属先は掲載当時のもの。
■生前最後の交信を交わしたコビーの3人の友人たち
コビー・ブライアントと次女ジアナ(愛称ジジ)がこの世を去ってから1年が経った。すべてのNBAファン、そしてスポーツファンにとって、あの日の出来事は永遠に忘れられない記憶として、脳裏に刻まれていることだろう。
2020年1月26日、日曜日。カリフォルニア州オレンジ郡ニューポートビーチに居を構えるコビーは、午前7時前、ジジと一緒に自宅近くの教会に出向いてミサに授かった。
その日は、コビーが2年前に共同経営者となった大型複合スポーツ施設"マンバ・スポーツアカデミー"で、小学3年生から中学2年生までを対象にしたバスケットボール大会、"マンバ・カップ・トーナメントシリーズ"の2日目が開催されることになっていた。その大会に、コビーがHCを務め、13歳のジジがエースとして活躍するチーム、レディー・マンバズも出場。試合開始予定時刻は正午だった。
コビーとジジ、彼女のチームメイトのアリサ・アルトベリとペイトン・チェスター、その家族、アシスタントコーチ、それにパイロットの総勢9人は、コビーが現役時代からレンタルしているプライベート・ヘリコプターで、ニューポートビーチのジョン・ウェイン空港から、アカデミー近くのキャマリオ空港へ向かった。予定飛行時間は30分弱。
午前9時6分、ヘリコプターはジョン・ウェイン空港を飛び立つと、途中航空管制官よりロサンゼルス市上空が混雑しているため空中待機するよう指示が入り、12分間のサークル飛行を強いられる。そして離陸から39分後の9時45分、ロサンゼルス郡西部に位置するカラバサス丘陵地を飛行中、激しい濃霧の中で悲劇は起きた。
今回は世界中のファンを魅了したこの悲劇のスーパースターの物語をお届けする。コビーは死の直前、3人のバスケットボールにまつわる友人とメッセージを交わしていたという。その内容には、コビー・ブライアントという人物の温かい人柄がにじみ出ていた。
※年齢および所属先は掲載当時のもの。
■生前最後の交信を交わしたコビーの3人の友人たち
コビー・ブライアントと次女ジアナ(愛称ジジ)がこの世を去ってから1年が経った。すべてのNBAファン、そしてスポーツファンにとって、あの日の出来事は永遠に忘れられない記憶として、脳裏に刻まれていることだろう。
2020年1月26日、日曜日。カリフォルニア州オレンジ郡ニューポートビーチに居を構えるコビーは、午前7時前、ジジと一緒に自宅近くの教会に出向いてミサに授かった。
その日は、コビーが2年前に共同経営者となった大型複合スポーツ施設"マンバ・スポーツアカデミー"で、小学3年生から中学2年生までを対象にしたバスケットボール大会、"マンバ・カップ・トーナメントシリーズ"の2日目が開催されることになっていた。その大会に、コビーがHCを務め、13歳のジジがエースとして活躍するチーム、レディー・マンバズも出場。試合開始予定時刻は正午だった。
コビーとジジ、彼女のチームメイトのアリサ・アルトベリとペイトン・チェスター、その家族、アシスタントコーチ、それにパイロットの総勢9人は、コビーが現役時代からレンタルしているプライベート・ヘリコプターで、ニューポートビーチのジョン・ウェイン空港から、アカデミー近くのキャマリオ空港へ向かった。予定飛行時間は30分弱。
午前9時6分、ヘリコプターはジョン・ウェイン空港を飛び立つと、途中航空管制官よりロサンゼルス市上空が混雑しているため空中待機するよう指示が入り、12分間のサークル飛行を強いられる。そして離陸から39分後の9時45分、ロサンゼルス郡西部に位置するカラバサス丘陵地を飛行中、激しい濃霧の中で悲劇は起きた。
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