【スモールフォワード】
デイブ・デバッシャー
1940年10月16日生。198cm・100kg。
在籍期間:6シーズン(1968~74年)
成績:435試合、平均16.0点、10.7リバウンド、3.1アシスト
ニックスのオールタイム・スターティング5を選ぶ際、選者が最も頭を悩ませるのはSFだろう。80年代以降だけでもバーナード・キング、ラトレル・スプリーウェル、カーメロ・アンソニーといったスーパースターが躍動しており、誰をトップにするかで意見が分かれるに違いない。
ここでは70年代に黄金期を迎えたニックスをゴール周辺で支えた実績に敬意を評し、“ビッグD”ことディバッシャーを推したい。ニックスには1968年から6シーズン所属し、すべてのシーズンでオールディフェンシブ1stチームに選ばれ、オールスターにも5回選出。フィジカルの強さに裏打ちされたディフェンス、リバウンド、献身的姿勢はタレント揃いのチームに最高のハマり具合を見せた。派手さはなくとも、ディバッシャーの働きがなければ70、73年の優勝はなかったはずだ。
ニックスでのディバッシャーは主にPFでプレーしていたが、これから記述するPF、センターの2人はどちらもベスト5から外せない選手たちだった。そういった事情から、「史上最も偉大な50選手」にも選ばれたディバッシャーをSFに組み込んだことはご理解いただきたい。
【パワーフォワード】
ウィリス・リード
1942年6月25日生。206cm・107kg。
在籍期間:10シーズン(1964~74年)
成績:650試合、平均18.7点、12.9リバウンド、1.8アシスト
チーム最大のレジェンドとなったリードのメインのポジションはセンターだが、ここではキャリア2年目から3年間プレーしたPFで選出した。初年度から平均19.5点、14.7リバウンドをあげて新人王に輝いたレフティーは、3年目から5年連続で平均20点、13リバウンド以上をマーク。特に70年にはニックスのチーム史上唯一となるシーズンMVPも受賞している。
こうした数字、勲章と同様に、いやそれ以上に、リードはチーム史上最高のリーダーとしても名高い。飽くなき闘志でウィルト・チェンバレン、カリーム・アブドゥル・ジャバーといった巨漢選手に対峙し、チームを鼓舞した。中でも70年、レイカーズとのファイナルでのパフォーマンスは余りにも有名だ。
シリーズ第5戦で右足を痛めたリードは、第6戦を欠場。しかし痛み止めの注射を打ったチームリーダーが第7戦開始直前に足を引きずりながらコートに現われると、マディソンスクエア・ガーデンは大歓声に包まれた。
最初の2本のシュートを決めたリードは、以降は得点することはなかったが、大舞台でチームとそのファンを勇気付けるには十分だった。この年のニックスの優勝で、リードの名もニューヨークの伝説となったのである。
デイブ・デバッシャー
1940年10月16日生。198cm・100kg。
在籍期間:6シーズン(1968~74年)
成績:435試合、平均16.0点、10.7リバウンド、3.1アシスト
ニックスのオールタイム・スターティング5を選ぶ際、選者が最も頭を悩ませるのはSFだろう。80年代以降だけでもバーナード・キング、ラトレル・スプリーウェル、カーメロ・アンソニーといったスーパースターが躍動しており、誰をトップにするかで意見が分かれるに違いない。
ここでは70年代に黄金期を迎えたニックスをゴール周辺で支えた実績に敬意を評し、“ビッグD”ことディバッシャーを推したい。ニックスには1968年から6シーズン所属し、すべてのシーズンでオールディフェンシブ1stチームに選ばれ、オールスターにも5回選出。フィジカルの強さに裏打ちされたディフェンス、リバウンド、献身的姿勢はタレント揃いのチームに最高のハマり具合を見せた。派手さはなくとも、ディバッシャーの働きがなければ70、73年の優勝はなかったはずだ。
ニックスでのディバッシャーは主にPFでプレーしていたが、これから記述するPF、センターの2人はどちらもベスト5から外せない選手たちだった。そういった事情から、「史上最も偉大な50選手」にも選ばれたディバッシャーをSFに組み込んだことはご理解いただきたい。
【パワーフォワード】
ウィリス・リード
1942年6月25日生。206cm・107kg。
在籍期間:10シーズン(1964~74年)
成績:650試合、平均18.7点、12.9リバウンド、1.8アシスト
チーム最大のレジェンドとなったリードのメインのポジションはセンターだが、ここではキャリア2年目から3年間プレーしたPFで選出した。初年度から平均19.5点、14.7リバウンドをあげて新人王に輝いたレフティーは、3年目から5年連続で平均20点、13リバウンド以上をマーク。特に70年にはニックスのチーム史上唯一となるシーズンMVPも受賞している。
こうした数字、勲章と同様に、いやそれ以上に、リードはチーム史上最高のリーダーとしても名高い。飽くなき闘志でウィルト・チェンバレン、カリーム・アブドゥル・ジャバーといった巨漢選手に対峙し、チームを鼓舞した。中でも70年、レイカーズとのファイナルでのパフォーマンスは余りにも有名だ。
シリーズ第5戦で右足を痛めたリードは、第6戦を欠場。しかし痛み止めの注射を打ったチームリーダーが第7戦開始直前に足を引きずりながらコートに現われると、マディソンスクエア・ガーデンは大歓声に包まれた。
最初の2本のシュートを決めたリードは、以降は得点することはなかったが、大舞台でチームとそのファンを勇気付けるには十分だった。この年のニックスの優勝で、リードの名もニューヨークの伝説となったのである。