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NBA

6度目のNBAファイナルに挑む40歳、ヒートのハズレムが「ビッグブラザー」と呼ばれる所以

小川由紀子

2020.10.01

当時は体重超過も原因で、ドラフトでは指名漏れ。1年間フランスで研鑽を積み、NBA入りにこぎつけた。(C)Getty Images

当時は体重超過も原因で、ドラフトでは指名漏れ。1年間フランスで研鑽を積み、NBA入りにこぎつけた。(C)Getty Images

 また、それまでアメリカ国内でプレーしていた彼にとって、海外に身を置くことは、プレースタイル、戦術、トレーニング法、食生活など、あらゆる面でこれまでとはまったく違った文化を習得する機会にもなった。さらにこのシーズン、シャロンはユーロカップに参戦していたため、欧州の他国のクラブや選手たちのプレーを間近に経験するチャンスにも恵まれた。

 そしてもうひとつ、おそらくシャロンでの最大の幸運は、ハズレムが「彼との出会いがなければ、今の自分はない」と語る、先輩プレーヤーに出会ったことだ。

 その選手の名はコーリー・クラウダー。1991年にユタ・ジャズでデビューしたスモールフォワードで、NBAでは94年のサンアントニオ・スパーズ時代を含む通算58試合の出場に終わったものの、バルセロナなど欧州各国でプレーし、2001年からシャロンに在籍していた。

 当時33歳だったクラウダーは、22歳のハズレムがNBAに再挑戦できるようサポートし、そのためには体重を落として肉体改造するよう促した。その結果、ハズレムは30kg近い減量に成功。当時を知るフランスのバスケットボール記者グレッグ・ギャビーは、「彼の身体は完全に変わった。言ってみれば、彫刻のような感じだ。アスリート体型に生まれ変わったんだ」と振り返る。
 
「ハズレムのシャロンでの成功は肉体改造によるところが大きい。シーズン前半戦は、良いリバウンダーだがパフォーマンスが安定しない、という印象だった。しかし身体を鍛え直し、フィジカルを強化したことでプレーもよりパワフルになり、インサイドを支配する存在へと成長していった。その頃から、NBAとのリンクが聞こえてくるようになったんだ」

 シュートもそれなりに巧かったが、自分のテクニックではNBAでシューターとして活躍するには限界があると感じたハズレムは、リバウンドを磨くことを決意し、徹底的にリバウンドの向上に励んだ。

 このシーズン、フランスリーグで平均16.1点、9.4リバウンド、ユーロカップでも13.5点、6.6リバウンドという数字を残したハズレムは、オフシーズンにマイアミ・ヒートのサマーリーグに招待された。

 以降、両者の蜜月関係は一度も途切れることなく、現在まで続いている。
 
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