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NBA

ガーネット、ウォーレスをはじめ、キャリア15年以上の“古強者”を多数輩出した1995年【NBAドラフト史】

大井成義

2020.04.28

新人王に輝いたのは、7位指名の小兵PGのスタッダマイアー。これがキャリアで唯一の個人賞受賞となった。(C)Getty Images

新人王に輝いたのは、7位指名の小兵PGのスタッダマイアー。これがキャリアで唯一の個人賞受賞となった。(C)Getty Images

■地元ラプターズは小兵PGのスタッダマイアーを指名

 ドラフト当日、上位指名に波乱は起こらなかった。1位スミス、続いてマックダイス、スタックハウス、ウォーレスの名前が順当に読み上げられる。4人とも2年生で、トップ3を2年生が独占するのは史上初めての出来事だった。そして注目のガーネットは、5位でウルブズへ。

 7位ラプターズの指名選手が発表される直前、会場はこの日一番の盛り上がりを見せる。会場に詰めかけたラプターズファンが、〝We want Ed!〞の大合唱を繰り広げたのである。

 その年のNCAAトーナメント決勝で30点をマークし、UCLAに20年ぶりとなる優勝をもたらしたエド・オバノンの獲得を、トロントのファンは熱望した。トーナメントの最優秀選手賞のほか、最も権威ある賞とされるジョン・ウッデン・アウォードを受賞し、健康体ならトップ5以内で選ばれてもおかしくない逸材だったが、左ヒザに故障を抱えていたこともあり6位までスルーされていた。

 だが、ラプターズはエクスパンション・ドラフトでブルズのPG、BJ・アームストロングを指名していたにもかかわらず、アリゾナ大4年のスコアリングPG、デイモン・スタッダマイアーを指名。すると、会場にはブーイングの嵐が吹き荒れた(最終的にアームストロングはラプターズへの入団を拒否)。
 
 指名直後のインタビューで、TNTのインタビュアーが「ある程度時間がかかるだろうけど、ブーイングを声援に変えてみせてよ」と促すと、「もちろんそうなるように努めるよ」と冷静に意気込みを語ったスタッダマイアー。ルーキーシーズンに見事新人王を獲得、地元トロントのみならず全米で人気を博し、有言実行を果たしてみせたのだった。スタッダマイアーの身長は178㎝、史上最も背の低い新人王である。

 一方、9位でネッツに入団したオバノンは、ヒザの故障や自信の喪失、ホームシックなどを理由に、わずか2年でNBAからドロップアウト。ヨーロッパや南米のプロチームを転々とした後、2004年に引退を表明した。また、8位でブレイザーズから指名されたショーン・レスパートも、4シーズンでリーグから姿を消している。

 1位指名の栄誉を授かったスミスは、ウォリアーズで期待に違わぬプレーを見せたものの、地元の東海岸に戻りたいと主張、2年半でシクサーズにトレードされた。その後も移籍を繰り返し、ロールプレーヤー、そしてジャーニーマンへと成り下がっていく。NBA在籍16年間で、歴代最多タイ記録となる12チームを渡り歩き、今では〝外れドラ1〞にカテゴライズされている。
 

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