「スピロス・ベリニアティスと会ったのは、アテネ北部のアレクサンドラス大通りから外れたアルゼンチニアス・デモクラティアス広場で、時計の針は午後の9時を指していた。彼と直接会うのはそれが初めてだった。
スピロスはシンプルな男だ。ギジ地区――ブルーカラーが多く住む地域で、最近のギリシャ財政難の煽りをモロに受けている――のアパートに住み、暮らしぶりはかろうじて月々の支払いを済ませることができる程度。彼は私たち一般人と同じように見えるが、大きく異なる点がある。それは、にわかには信じられぬ、まるでハリウッドの物語のような実話に関わっていたことだ。
スピロスは、NBAの新星、ヤニス・アデトクンボの人生を変えた男なのである」。
そんな書き出しからストーリーは始まっている。ドイツ系ギリシャ人の家系に生まれたベリニアティスの夢は、NBAでプレーすることだった。16歳になると交換留学生のプログラムを利用して渡米。高校に2年間通い、カレッジへ進んだ後にNBAでプレーしたいと心底願っていたが、現実はそう甘くはなかった。NBAの夢は、スタートラインに立つことすらなく、脆くも崩れ去る。 帰国後、二重国籍を持っていたベリニアティスはドイツに渡り兵役に就いたり、ギリシャ大のレクチャーコースに8年間通い勉学に勤しむなど、紆余曲折を経た後、再びバスケットボールと関わる人生を歩むことになる。
ある日、地域の小さな学校でバスケットボールのコーチをしている古い友人から、アシスタントコーチをしないかという話が舞い込んできた。承諾したベリニアティスはスカウティングから着手し、移民の多いその地域を探し歩いたが、環境は思いのほか劣悪だった。その多くが不法移民の子であり、非行やドラッグに手を染め、中には自分の力で立ち上がれない子もいた。そんな悲惨な状況に、自治体や政府は見向きもしなかった。
そこでベリニアティスたちは意を新たにする。自分たちにできることは何か。ただ才能を探すだけではなく、子どもたちに機会を与え、社会の一員であることを知ってもらうための活動をすべきではないか。とまあこの話も興味深いのだが、それはまた別の話。
2008年、その頃ベリニアティスはアテネ郊外のゾグラフォウを本拠地とするフィラシリティコスというプロチームでコーチを務めていた。チームに新たな才能が必要だと判断したコーチ陣は、すぐさま新人選手の発掘に取りかかった。移民コミュニティに精通したベリニアティスが陣頭指揮にあたることになり、彼の頭に真っ先に思い浮かんだのは、2年前にセポリアの町で偶然見かけた少年だった。近所の人に名前を尋ねたところ、タナシスとのこと。
スピロスはシンプルな男だ。ギジ地区――ブルーカラーが多く住む地域で、最近のギリシャ財政難の煽りをモロに受けている――のアパートに住み、暮らしぶりはかろうじて月々の支払いを済ませることができる程度。彼は私たち一般人と同じように見えるが、大きく異なる点がある。それは、にわかには信じられぬ、まるでハリウッドの物語のような実話に関わっていたことだ。
スピロスは、NBAの新星、ヤニス・アデトクンボの人生を変えた男なのである」。
そんな書き出しからストーリーは始まっている。ドイツ系ギリシャ人の家系に生まれたベリニアティスの夢は、NBAでプレーすることだった。16歳になると交換留学生のプログラムを利用して渡米。高校に2年間通い、カレッジへ進んだ後にNBAでプレーしたいと心底願っていたが、現実はそう甘くはなかった。NBAの夢は、スタートラインに立つことすらなく、脆くも崩れ去る。 帰国後、二重国籍を持っていたベリニアティスはドイツに渡り兵役に就いたり、ギリシャ大のレクチャーコースに8年間通い勉学に勤しむなど、紆余曲折を経た後、再びバスケットボールと関わる人生を歩むことになる。
ある日、地域の小さな学校でバスケットボールのコーチをしている古い友人から、アシスタントコーチをしないかという話が舞い込んできた。承諾したベリニアティスはスカウティングから着手し、移民の多いその地域を探し歩いたが、環境は思いのほか劣悪だった。その多くが不法移民の子であり、非行やドラッグに手を染め、中には自分の力で立ち上がれない子もいた。そんな悲惨な状況に、自治体や政府は見向きもしなかった。
そこでベリニアティスたちは意を新たにする。自分たちにできることは何か。ただ才能を探すだけではなく、子どもたちに機会を与え、社会の一員であることを知ってもらうための活動をすべきではないか。とまあこの話も興味深いのだが、それはまた別の話。
2008年、その頃ベリニアティスはアテネ郊外のゾグラフォウを本拠地とするフィラシリティコスというプロチームでコーチを務めていた。チームに新たな才能が必要だと判断したコーチ陣は、すぐさま新人選手の発掘に取りかかった。移民コミュニティに精通したベリニアティスが陣頭指揮にあたることになり、彼の頭に真っ先に思い浮かんだのは、2年前にセポリアの町で偶然見かけた少年だった。近所の人に名前を尋ねたところ、タナシスとのこと。