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NBA

スーパースターは不在もLJ、ムトンボら独特の存在感を放つ選手が揃った1991年【NBAドラフト史】

大井成義

2020.09.29

好司令塔を多数輩出するジョージア工科大出身のケニー・アンダーソンは2位指名。NBAでも高速PGとして活躍した。(C)Getty Images

好司令塔を多数輩出するジョージア工科大出身のケニー・アンダーソンは2位指名。NBAでも高速PGとして活躍した。(C)Getty Images

 6月25日、NBAドラフトは定番の開催地であるニューヨークのマディソンスクエア・ガーデンで行なわれ、フェルト・フォーラム(現ザ・シアター)に集まったファンの数はなんと満員の約8000人。それまでの最高が3000人だったことを考えると、この年の注目度の高さが窺い知れる。チケットは事前に無料で先着順に配られたそうだが、人海戦術で大量にゲットしたダフ屋が10ドルで売っていたという。

 1位で指名されたのは、予想通りLJだった。名前が呼ばれた瞬間、ひときわ大きな歓声が上がり、「ラーリー! ラーリー!」と大合唱が巻き起こる。地元出身選手以外、誰であってもブーイングの餌食になることが少なくないニューヨークでのドラフトにおいて、盛大な歓待を受けたLJ人気の凄さは、当時相当なものだったのだろう。

 2位のネッツが地元クイーンズのプレーグラウンド・スター、アンダーソンを指名すると、会場は再び沸きに沸いた。ネッツはオーウェンスを獲得するだろうと予想されていただけに、同席していたアンダーソンの母は息子が親元に留まれることを喜び、むせび泣いた。3位のキングスはオーウェンスを、4位のナゲッツはムトンボを、5位のヒートはミシガン州大4年のスティーブ・スミスを指名。トップ4にはクラウスが予想した選手の名前が連なっていた。
 
■最も成功を収めたのはムトンボ。ドラフト1位のLJのその後は…

 プロ入り後、最も目覚ましい活躍を見せた選手は、4位でナゲッツに入団したムトンボだった。唯一殿堂入りを果たし、オールスター選出8回、最優秀守備選手賞4回、リバウンド王2回、ブロック王を3回獲得するなど、NBA史に残るディフェンダーとなった。

 トレードマークは、ブロックを決めた後、相手に向かって得意げに人差し指を左右に「チッチ!」と振るジェスチャー(礼を失することから、相手に面と向かっての同行為は後に禁止された)。また、1994年のプレーオフにおいて、史上初めて第8シードが第1シードを撃破するという大アップセットを演じた後、ボールを抱えて床に倒れ込み、歓喜の雄叫びを上げたシーンは、NBA史を語るうえで欠かせない名場面となっている。コンゴ訛の英語をまくし立て、なぜかいつもガハガハ笑っている豪放磊落な姿も忘れがたい。

 一方、1991年組の顔的存在であり、象徴でもあったLJはどんなNBAキャリアを歩んだのだろうか。

 1年目から全試合に出場し、平均19.2点、11.0リバウンド、3.6アシストを記録して新人王を受賞。翌年加入したアロンゾ・モーニングとともに、2年目にはプレーオフ進出を果たして1回戦を突破、若く勢いのあるホーネッツは〝フューチャー・ブルズ(未来のブルズ)〞と呼ばれた。
 

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