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NBA

【NBAスター悲話】デイビッド・トンプソン――ジョーダン級の資質を持ちながら神になれなかった男【後編】

大井成義

2019.12.04

 けれどトンプソンはジョーダンにはなれなかった。なれるだけの資質が十分あったにもかかわらず。バスケットボールが彼の人生を切り開き、バスケットボールでの成功が彼の人生を滅ぼした。

 時は流れて1992年。ナゲッツはトンプソンの背番号33番を永久欠番にする旨を発表。1996年、殿堂入りが決定する。2002年、ACC(カレッジのアトランティック・コースト・カンファレンス)誕生50周年にともない、オブザーバー紙がACCトップ50バスケットボール・プレーヤーを発表。ラルフ・サンプソン、ティム・ダンカン、ジョーダンなど並みいるスター選手を押しのけ、トンプソンが1位を獲得。ゆるやかな時を経て、彼が残した業績は少しずつ再評価されている。そして2009年、バスケットボーラーにとってこれ以上ない名誉を彼は授かることになる。

 ある日、トンプソンに1本の電話がかかってきた。「(殿堂入りのセレモニーで)私のために壇上に立ってもらえないだろうか」。声の主は、ジョーダンだった。さらに驚いたことに、ジョーダンが依頼したプレゼンターは、トンプソンただ1人。
 
 基本的に、プレゼンターの数は1人に絞るよう要請されるそうだが、大物選手の場合は複数人に依頼することも珍しくない。例えばアレン・アイバーソンはドクターJやラリー・ブラウンなど3人、シャック(シャキール・オニール)の時はビル・ラッセルやドクターJなど4人のレジェンドが壇上にずらりと並んでいる。

 だが、ジョーダンの場合は簡素に1人のみで、なおかつネームバリュー的にだいぶ劣るトンプソンを指名。常識的に考えれば、ディーン・スミス(元ノースカロライナ大HC)やフィル・ジャクソン(元ブルズHC)あたりが適任に思えるが、ジョーダンはトンプソンを選んだ理由を、スピーチの冒頭で語っている。

「この4週間、『なぜデイビッド・トンプソンを選んだのか?』と何度も質問された。その答えを私は知っているし、デイビッドも知っている。でも、たぶんあなたたちは知らないだろう。私はノースカロライナで育ち、1974年、私が11歳の時にデイビッドは(NCAAトーナメントで)優勝した。その頃、私はアンチ・カロライナ・ガイだった。UNC(ノースカロライナ大)が大嫌いだった。最終的にはUNCに入ったけどね。とにかく、デイビッド・トンプソンが大好きだったんだ。単にバスケットボールのゲームについてだけではなく、彼が何を表現したかという点においてね」
 

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